#16
「死んだ……って言った今?」
『そうだ。赤子は死んだ』
どうやら聞き間違いでは無いようだ。黒い狼の声は直接頭に響いてるから聞き間違えるなんて事は先ずないんだけど、でもそれでも聞き返さずにはいられないじゃん。だってじゃあこの子は何? 仮面を取ったスズリは私程じゃないけど美少女だった。ソバカスは目を瞑って、赤毛が入ったゴワゴワの髪も手入れすればなんとかなるはず。顔の形は整ってるし、鼻筋もいい。唇はちょっと厚いかな? とも思うが、これが良いという人もいるだろう。目を瞑ってるから大事な目がなんとも言えないが、まつ毛は長くていい感じに見える。
てかスズリって人種なの? どうなんだろうか? 大体は私とほぼ同じだけど鼻の先端と耳がちょっと違う。鼻の先端はなんか黒い。犬の鼻みたいになってる。耳はちょっと毛深い? 産毛が伸びて覆ってる感じ。更にあれ? と気づいた。髭がある。いやいやちょび髭とか男の顎とか鼻下に生えてる様なやつじゃないよ。犬や猫に生えてる様なピンとした髭が頬から左右ともに三本生えてた。
人種ではなさそうだな……うん。
『その娘は人種だぞ。だが今ではそうだったと言った方が正しいがな』
「どういうこと……」
『まあ聞け。赤子は死んだ。だがそれでもベルグは諦めなかった。奴は赤子の死体に自身の力を注ぎ続けた』
「まさかそれで復活したの?」
『そう単純ではない。命というのはな』
深くそう告げる狼。単純じゃない命でも、この狼ならなんとか出来る?
『幾日も幾日もベルグは力を注ぎ続けた。そしてついにはベルグも息絶えた』
「ちょっとー!! 二人共死んでますが!?」
『煩いぞ。少しは黙って聞け』
そう言われても、色々と衝撃的なんだもん。取り敢えず私は話の続きを待つ。
『だがそこで異変は起きた。何がキッカケだったかはわからん。だが空になった二つの器と力だけが残った身体……それに新たな生命が芽生えた。まずばその娘が目覚め、その力と魂を分けてベルグも目覚めた。これは我の推測だが、混ざり溶け合ったのだろう。互いの魂と力が。普通はそんな事起きるはずもないが……世界は二人を生かした。それならば、我がその異常を摘むことは出来ぬ。だからずっと見守っていた』
「それってつまり……助けに来たわけじゃない?」
不穏な空気になってきた気がする。異常な形で復活を遂げたスズリとベルグ。それを監視しつづけたこの狼。今この瞬間ベルグは生きてるのかどうかさえわからない。そうなるとこっちのスズリももう監視する必要性もなくなったとか?
『我は世界をバランスを保つ一柱。このままでは世界の輪廻に帰れないであろう。だから我が迎えにきた。一応その娘も今や我が子の様なものだ』
「ベルグの方は良いの?」
『二人の魂は一つ。それがどういうことかわかるか娘?』
「つまりはどっちかが死ねば、二人共って事?」
その私の言葉に狼は頷く。
『ベルグはこの娘を愛しておる。だから死にきれぬであろう。そしてこの娘が見える範囲であれば我にもその牙を向ける。今が丁度よい機会なのだ。双方にとってもな』
確かにこの狼の言わんとしてる事はわかる。ベルグはまだ死んでないけど、それも近い戦いをしてるんだろう。勝てないとこの狼は踏ん出る。そうなるとスズリも結局は死ぬ。更に更に世界の理から外れた二人に何がおきるかわからない。だからどうせ助からないのなら自身の手でちゃんと葬ってやろうというある意味の親心なのかもしれない。
正直私的にはどうでも良いことだ。ベルグやスズリが死のうが心が痛むことはない。このおっぱいがなくなるのは嫌だけど、それだけ。けど……こういう全てを超越した存在の言い分は諦めをいつだって感じる。ゼルラグドーラだってそうで、この狼もだ……
「ねえ……どうしてずっと見守ってたの?」
『それは既に言ったであろう。異常だからだ。だが世界がこの二人を生かした』
「それだけ? 本当はもっと違う何かを期待してたんじゃないの?」
『何を言う? 我がこの者達に情を移したとでも言う気か? 本当は殺したくないとでも言えと? 見くびるな小娘』
ものすごい圧迫感が襲ってくる。ヤバイ、今すぐにでも逃げ出したい。下半身がなんかキューとする。冷えたせいでおしっこしたくなったかも。けどここは我慢だ。
「別にそうじゃない。そうじゃないけど、もっと本心言っていいのよ。退屈しのぎに丁度良かったって」
長い時を生きてるんだ。それこそ私なんかじゃ想像もできない程の時を。それって退屈でしょう。ただ観てる……いつまでもそんなことしてると、こんな異常も歓迎なんじゃないかと。
『ふはは、小娘貴様が何か出来るのか? ゼルラグドーラの力も満足に使えぬ貴様ではどうしようも出来ぬぞ』
確かにそれは言えてる。私は自分の事で精一杯。他人なんてどうでもいい。けどね、その言葉はどうにかしてほしいと同義じゃない?
「ねえ狼、聞かせてよ。世界の一柱とかそんなのじゃない貴方の言葉」
『そんなのはない。我はゼルラグドーラとは違うのだ』
私と狼は視線をぶつけ合う。そうしてる間にスズリが起きた。そして私と同じ視線の先を見て息を飲んだ。
「母様?」
そう呟いたと思った瞬間、全裸のまま雨の中に飛び出て土下座を始めるスズリ。
「どうか……どうかベルグを助けて下さい。お願いします!!」
何度も何度もそう告げて頭を地面に擦り付けるスズリ。その時、狼の力の流れを感じて私は銃をむけた。しまった……と思ったけどもう遅い。
『撃つ気か? 死ぬぞ』
「でしょうね、けどやっぱりその身体をみすみす殺すのは惜しいかなってね」
もう何言ってるのか……面倒事嫌なのに。けどあんな震えて丸まってる背中を見せつけられたらね……私だって鬼じゃないんだよ。
「あんたがその二人に抱いてた感情が何かなんてもうどうでもいい。けど、僅かでも惜しいと思うなら時間を頂戴。私達はアンタを退屈にはさせないわよ」
『ふん……生意気な。そもそもが長い年月を掛けてほころび始めてた均衡だ。好きにするがいい』
そう言って狼は雨に溶ける様に消えていく。案外あっさりと消えたな。やっぱりスズリとかベルグとか気にかけてる証拠では? けど最後の言葉は気になる。ほころび始めてる? それって……私はスズリに目を向ける。狼が去ってしまって泣きじゃくってる。彼女にとっては最後の希望だったんだろう。私は近づいてそのコンパクトなお尻を叩いてあげた。
「ひゃん!!」
そんな声を上げてこちらを見るスズリ。さっきから泣いてばっかりで野生児らしくない。ふつう狼に育てられたとかだともっとワイルドになるんじゃない? とりあえず私はスズリを元気づける為にもこういった。
「いつまで泣いてるのよ。そんなことじゃベルグは戻ってこないわよ。誰かに頼ったって意味なんかない! やるのよ、私達で!!」
「私達で……」
そう呟いたスズリは涙を拭って立ち上がる。
「やるわ! ベルグは私が助ける!!」
うんうん、やっぱりメソメソしてるよりもこっちの方がもの○け姫っぽい。けど一ついいかな?
「とりあえず服欲しいんだけど? なにかない?」
「うきゃあああああああああああ!?」
どうやら眠ってる間に服の事は頭から抜けてたようだ。変な悲鳴が雨にも負けずに響いてた。