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「ごきげんよう。私はラーゼです。ファイラル領の領主してます」
「えっと……私はキララです。学生です」
私達は二人してそのチンピラで酔っぱらいの人に挨拶をする。するとその人は私たちにその座った目を向けてくる。私は思わず後ろに後退るけど、ラーゼは引きはしない。
「貴方は『シルルクス・フォン・バーセラルド』様ですよね? シルル様と呼んでいいですか?」
「…………はは、面白いお嬢ちゃんだな。別に、勝手に呼べばいいさ」
「ではシルル様、貴方私の領にいらっしゃいませんか?」
「婿養子としてか?」
「なっ!?」
とんでも発言に私は思わず声を上げた。そのせいで、彼……シルル様の視線がこちらに向けられる。けど、それは一瞬。私なんて眼中にないようにラーゼに戻った。私はそれにホッとした。
「ふふ、婿養子ですか。確かに貴族である貴方を迎えるにはその位必要かもですね。私なら満足していただけますか?」
本気なの? 私はラーゼを見るけどラーゼはシルル様に近づいてその瞳を見つめてる。あんな事をされたら、普通の男の人はもうラーゼから目を離せなくなる。吸い込まれる様なその瞳に、文字通りその心が吸い込まれるからだ。
「アンタは確かに綺麗だ。子供……なんて言葉で対象外には出来ないくらいにな。だが、俺には効かねーよ」
「そのようですね。誰か心に決めた人が居るようで」
あっ、と思った。前にラーゼから聞いたことがある。ラーゼの美に唯一誘惑されない術。憶測だけど――と言ってラーゼは教えてくれた事。それは対象に「愛」が芽生えてるとラーゼの美でもその相手は靡かないとか。けどただ単に恋人がいてもラーゼに靡く人も居るし、夫婦となってる人でもそれは同じ。だから私にはその愛ってのがよくわからない。
けど多分このシルル様が誰かを愛してるってのは本当だと思う。じゃないとラーゼに向ける目は変わる。少なくとも、あんな態度にはならない。
「どうしてお嬢ちゃんは俺の事なんかが欲しいんだ? そもそも……なんでそう思った?」
「シルル様は貴族でも異端と聞きました。私の領にはそういう人がたくさん居るので過ごしやすいかなと思いまして」
「それは建前ってものだろ? お嬢ちゃんが興味持つような事ないと思うが? こちとら、厄介者扱いの放浪貴族だぞ」
そう言って、シルル様はお酒を煽る。けど、言ってることからは酔ってる感じがない。あの人……飲んでるよね? そう見える……けど、どうやら酔ってる風を装ってるだけのようだ。
「ありますよ。貴方は文字通り放浪してた。それはこの国の中だけではありません。弱い人種は極力国の外へは出ないのが普通です。けど貴方は世界を見た筈です。だから私は貴方が欲しい」
「少女の台詞ではないな。ライザップを落としたというのはなかなか、大した物だ」
「私も話してみて、シルル様は大した方だと、思いました。お互いに心が通じたところで乾杯でもしましょう」
そう言ってラーゼは給仕が持ってたお盆から飲み物を取って、それを掲げる。無邪気な顔。けど、誰もが落ちる無邪気な顔。そんなラーゼを見て、シルル様は我慢の限界の様に吹き出した。
「くはっ――あははははははははははは!!」
ラーゼの台詞に思わずシルル様は笑いだした。そりゃあそうだよね。私もラーゼの感覚はわかんない。今の流れで乾杯って……こいつは本当に恐れ知らず。そもそもそれお酒じゃない? いや、ラーゼを咎める事なんか誰も出来ないだろうけどさ。けど置いてけぼりの私を置いて、なんか二人は意気投合しちゃってた。




