H319
「ありがとう」
私はそういって腰を上げた。すると私にぬいぐるみを返してきた幼女が「え?」とぽかんとした。でも私は幼女のママさんにはまだ興味がちょっとだけあるけど、幼女自体にはもう興味ないんだよね。まあ可愛い子だけど、アイドルにまでなれるかというとね。
これからの努力次第だろう。なのでさっさと目的を果たすることにする。
「さあ、もう一度行きなさい」
そういって私はぬいぐるみに再度命令を下す。それを受けてぬいぐるみは私の腕から飛び出した。
」動いたぁ!!」
幼女が目を爛々と輝かせてぬいぐるみを再度捕まえようとする。けど今度はそれをひょいとヌイグルミはかわした。流石に二度も捕まらないよね。さっきはたまたまなのだ。わかってたらよけるくらい簡単だ。
「まってまってー!」
とかやってるが、ヌイグルミはささっと人ごみに紛れて消えた。なにせヌイグルミは幼女よりももっと小さいからね。幼女が入り込めないところにも入り込める。だから人込みでもすいすいと進めてしまう。
「いっちゃった」
うんうん、この間に私も幼女の視界から消えておこう。ママさんは後から住所とか調べて対処しよう。後でここの監視カメラとか調べればどうにかできるでしょ。
私は勿論動く気なんてない。そんなのは末端の奴らがやるからだ。
「ああー! いいもの~!!」
逃げ出そうとした私に、幼女が突っ込んできた。そして足にしがみつかれた。私の脚は細いからね。幼女の小さい腕でもがっつりつかめるみたい。美脚も考え物だね。これが大根のように太かったら……
(いや、それはないな)
やっぱり美脚でよかったと私は思い直した。
「放してくれるかな?」
「ヤダ! いいものは!」
「こらやめなさい」
ママさんが失礼をしてるってわかってるから幼女をたしなめるが、このころの幼女じゃね。心がすぐに行動に移ってしまうんだろう。ママさんの言う事を聞いてない。
それにきっとヌイグルミを諦めた反動もあるんだろう。下手にお菓子で釣ったからね。まあお菓子と言ってないが……
「いやいやいやいやいやいや!」
駄々っ子か。いやこれはもう完全に駄々っ子だ。でも新作プリンは数えるほどしかない。私の楽しみなのだ。だから上げるなんて鼻から考えてない。
「確かに私はぬいぐるみを返してくれたらね――っていったね」
「言ったよ!」
「でも、約束なんてしてないよ。それにこれを上げるなんて一言も言ってないよね?」
「えっと……それは……でもどう考えてもそれだもん!」
「言ってないもん。これを上げるなんていってない。そもそもがあのぬいぐるみだって私のだよ? それを取り返すために、更に私の何かを差し出すの? おかしいよ? 貴女は大切なものを取り返すために、もう一つの大切なものを差し出せるのかな?」
「えっと……」
ちょっとむずかしかったかな? よし……なら――
「その髪飾り、お気に入り?」
「うん! だってママに買ってもらったし」
「じゃあ、ちょっと拝借」
「うわーーーん!!」
――めっちゃ泣かれた。でも私は現実と言う奴をこの幼女に分からせるのだ。
「返してほしい?」
「がえじでよぉぉぉぉ!!」
「じゃあ、それももらおうかな? そしたら返してあげる」
幼女は髪飾り二個してた。だから一つ返す代わりに、もう一つを要求したのだ。
「やぁだぁ! これは私のだもん!!」
「そういう事だよ。あのぬいぐるみも私ので、これも私の。わかった?」
「そんなのずるいよぉぉぉぉ!!」
「よかったね。大人ってずるいんだよ?」
私はそういって幼女を離してママさんに押し付ける。なんかとってもきつい顔されてる。私がひどい奴と思ってる? けど私は誰かの為に自分の物なんて上げないのだ。それがたとえ幼女だとしてもね。もっと可愛くなって私がそれをやってもいいと思えるほどになりなさい。
一応芽はあると思うよ。
「ん?」
なんか周囲がざわざわしてる。どうやら一連の流れで私に非難の目があつまってるらしい。なんか面倒な予感がするぞ。




