H315
「ママー見てみて―、ウサギさんだよ~! 動いてたぁ!」
私のぬいぐるみをもってはしゃぎまわってる小さな幼女。うむうむ私ほどじゃないにしろ、やっぱり養女にぬいぐるみというのは鉄板の組み合わせである。
「なにやってるの。ぬいぐるみが動くわけないでしょ。それにきっとそれは誰かの物よ。持ち主に返してきなさい」
「そんなことないよ。だって一人でトコトコしてたもん。迷子のぬいぐるみさんだよ? ねえ、そうでしょ?」
「そんなわけないでしょ」
幼女の母親は信じてくれないようだ。自分の娘の言葉なのにね。まあ余裕がないってのもあるんだろうとは思う。なにせ下では戦闘が起こってるからね。ここがいつまでも無事でいられるかわからないから、そんなぬいぐるみに現を抜かす場合ではないんだろう。
「いやいや、このぬいぐるみかなり上等だよ。それに色々なセンサーがついてるし、しかも今もこの子の言葉を否定するように首を振ってた。自主的に動けるぬいぐるみなのかもしれないよ」
「そんなわけ……」
多分あの幼女の父親だろう。ぬいぐるみの頭をなでながら要所要所を確認してる。あの手つき……やらしいとかじゃなくなんかの技術者なのかもしれない。でないと外からは完璧にぬいぐるみに見えるあれを看破なんてできないはず。
「本当に動いてたんだもん」
「うんうん、君は動けるだよね?」
父親の方がそういってぬいぐるみの瞳をのぞき込んでる。このままでは自己防衛機能でぬいぐるみがあの子の父親を肉塊に変えるかもしれない。
子供には無条件に甘いが、それ以外には厳しいし、あのぬいぐるみは最先端技術の結晶であるのは確かなんだよね。下手に調べようとしたらそれをやろうとした奴らをぶっ殺すのに遠慮なんてしないよ。
なにせ機密なんだからね。
「あわわ……」
プリン伯爵がそんな言葉を口から漏らしてる。別にあの親子に血の雨が降るとは思ってないだろうが、プリン伯爵は私の正体を知ってるからね。
その私のものをあの親子は取ってしまった。それに戦々恐々としてるんだろう。もう、そんな暴君とでも私は思われてるのだろうか? まああながち間違ってもないけど。
でもあんな小さなことで怒ったりするほどにイライラしてないから。そんな小じわが増えるような精神してないし。てか私には皴なんてものはない。
つるっつるですべすべなのだよ。穏便にやってあげるから安心なさい。
「いいですか? それは私のぬいぐるみなのですけど」
私はそういってその親子に声をかけた。すると幼女と父親と母親が一斉に私に視線を向ける。何と思われてるだろうか? 変なサングラスをかけた怪しい女と思われてるだろうか?
私のあふれ出す気品で察してほしいところだけど……
「この子はお姉さんのなの?」
「そうだよ。だから返してくれるかな?」
私は優しくそういうよ。すると彼女の父親が私に向かってきた。
「このぬいぐるみはすごい技術の結晶ですね! 一体どこで生産されたのですか? これだけの小ささの中にいったいどうやって部品を詰めて、そして自律的な思考を実現してるのかとても興味深い」
「ええー」
私、ちょっと引いた。いや大分引いた。なんかいつの間にか幼女よりもこの父親の方が私のぬいぐるみに興味津々なんだもん。なんだこの変わり者。
 




