β12
「ティアラ様、いかがなさったのでしょうか?」
豚の声は震えてる。それはそうだろうね。美人の怒った顔ってのは怖い。いつも穏やかに微笑まれてるティアラ様の怒気をはらんだ顔はそれはもう怖いのだ。しかも彼女は公爵家の令嬢。伯爵家の豚とは家の格が違う。豚の信念では人の価値は家の格で決まるらしいから、ティアラ様は豚なんかが逆らって良いような人物では無いって事だ。
だからこそ、焦ってるんだろう。
「いかがも何も、今彼女を殴ろうとしてるように見えたのですが?」
その大きな瞳を鋭く細めて豚を射抜くティアラ様。最初の印象はそれこそお姫様って感じだったけど、どうやらただ後ろにいる人って訳じゃないみたい。そのピンと伸びた背筋と、まっすぐな物言い。これが本当の上に立つ人。なんとなくそんなことを私は思ってた。
「これは教育ですわ」
「教育……ですか?」
「ええ!」
なんとか胸を張って堂々としようと豚は試みてる。けど、相変わらずティアラ様の視線は冷たい。
「その者は田舎出なので社会という物をわかってないのですわ。ですから私がそれを教えて差し上げてた所なんですの」
「なるほど、ですがビンタはやりすぎだと思いますよ?」
「それは……この方が立場を弁えずに生徒会に入ろうとするからです。生徒会は選ばれた生徒、それもこの国の重要な家の者しか入れないのですわ。彼女は位というものを理解してませんの」
豚は何やらグダグダと言ってた。けど、途中からティアラ様はその話し聞いてなかった。なぜなら「この方が立場を弁えずに生徒会に入ろうと――」の辺りでこっちを見たからだ。しかも今度は満面の笑みで。この人見た目は感情の発散が乏しそうなのに、実際はすぐに顔にでるみたい。
「あらあら、キララ様。生徒会に入ってくださるの? それはそれはとても光栄ですわ!」
「いえ、そんなことを言った覚えは……」
そんな風に私にグイグイと来るティアラ様。そんな様子を見てる豚は顔を真赤にしてワナワナと震えてる。しかも私を睨んで。なんでそれで私を睨むのか……そこはティアラ様にその感情向けなさいよ。まあティアラ様は偉いからね。家の格が高いからね。豚は怒ることさえ、ティアラ様には出来ないと……それが貴族の社会なのだろう。ほんとクソだね。
それで下の者をいびるんだらか、迷惑以外のなにものでもないよ。
「ティアラ様! 彼女にはそんな格は無いのですよ!」
「そうですね。ですがそれが重要でしょうか? 言いましたよね? 今さっきご自身で。選ばれた生徒と。彼女は私達生徒会が選んだのです。何か問題でも。文句があるなら聞きますよ?」
「そんな……事……」
ティアラ様はわかってていってるね。豚は格上には何も言えない。その上で文句があるならおっしゃってみなさいよって……
「どうして……彼女を……」
「それは私がお慕い申してるからですわ」
「「はい?」」
思わず私と豚の声が重なった。なんとか絞り出した言葉に帰ってきた言葉が予想外のものだったから豚はマヌケな声を出したんだろうけど、こっちも予想外だよ。だって私の力とか……そこらへんだと思ってたもん。だって貴族が言う慕ってるって……それは恋慕みたいな事ではなかった? けど私達は同性……なんですが。
「そんな私的な理由でですか?」
「失望しましたか? とても貴族らしいでしょう? 貴女の言う」
あっ――と思った。これは自分の愚かさを豚に伝える為に一芝居うってる? そうだと信じよう。
「納得していただけたなら、彼女に謝って貰えるかしら? なにせ彼女は私の想い人なのですから。これは公爵令嬢としての命令ですわよ」
「…………ご、ごめんなさい」
公爵令嬢、それを出されて豚が抵抗できる訳がない。この人……いい性格してるよ。けど豚はざまぁだ。豚は私を強く睨んで去っていく。そこでティアラ様を睨めないから小物貴族なんだよ。とりあえず胸のつっかえが少しは和らいだ。
「ありがとう御座いますティアラ様。いい気味でした」
「ふふ、お安い御用ですよ。例え貴女が生徒会に入らないと言う決断をしても、私は貴女の味方です」
そう言って私の手を取って白い肌を桃色に染めるティアラ様。あれ? えっと……さっきのは豚への当て付け……だけだよね? ティアラ様は更に私の指に自身の滑らかな指を絡ませてくる。
(本気かこの人!?)
私は背筋に変な汗をかいてた。