#104
「はあ……」
大きなため息が出る。まだなれない天井をここしばらくずっと見てる。こんなんでは駄目だと分かってるが、今はアンサンブルバルン様もラーゼ様につきっきりだし、オレ一人がサボっても問題はない。だって出れる訳がないじゃないか……俺は自身の下腹部に視線を向ける。するとそこには立派な山が築かれてる。それを見て俺はまたため息をつく。
「いつまでこんな……」
そうこれは所謂朝立ちとかそんな生易しい物じゃない。あの夜からずっとこうなんだ。あの人の……ラーゼ様を思い浮かべるとどうしてこうなってしまう。この手に、この舌に、この魂に、ラーゼ様の身体の感触が刻まれたせいで……俺はもう元には戻れなくなったのだ。あの日を無くす事なんか出来ない。なにせあの日は俺の人生で最上の日。
だが、だからこそ……俺の性欲は収まりきらない。アンサンブルバルン様やカーメラン様は大人だから大丈夫なのだろうが、俺は駄目だ。今、ラーゼ様を見ると、きっと理性が吹っ飛ぶ。その自身がある。本能のままに、またあの身体を欲してしまうだろう。そんな事をしたら幻滅されてしまうだろう。最悪、この国で一人に……そんな事になったら生きてはいけない。
俺たち獣人が普通に暮らせてるのはここではラーゼ様がそうしていいと言ってくれてるからだ。獣人はこの国に負けた。だから何をされても文句などいえない。そんなラーゼ様の保護が……いや、それは建前にすぎない。本当は自分自身があの人なくして、もういられない身体になってるから、あの人なしでは生きられないだろうと、俺は感じてる。
だからラーゼ様に愛想をつかされたら俺は終わりだ。他の方々よりも何が出来る訳でもない自分が、あの人の身近に居ないのでは役立たずにもほどがある。いつまでもこうしてはいられない。だが……
(収まってくれええええ!!)
俺は心の中でそう叫ぶ。こんなビンビンで人前に出れるわけがないじゃないか!!
(無だ! 今こそ無の境地に至れ俺! それがラーゼ様の為なんだ!!)
俺は必死に夢想する。足を組んで目を閉じて、身体を弛緩させて、大きく息を吸っては吐く。自身の鼓動の音に耳を澄ませ、自身の内を暴くかの様に沈んでいく。そこは真っ暗な闇。何もない空間でたったひとり。ここはそういう世界――の筈なのに。
『グルダフ。ねえ、グルダフ。どうしたの? もっとこっち来ていいよ』
精神世界にまで、ラーゼ様は居た。しかも俺自身が想像し得る可愛い服を来て、とても耳障りの良い言葉を耳元で囁いてくれる。しかも彼女は一人ではない。ここは俺の精神世界なんだ。どれだけ居ようとおかしくはない。しかも皆、可愛い服を着て……着て……いや、一人だけその眩しい程の素肌を……
『グルダフ……来て』
「ぬおおおおおおおおおおおさまるかあああああああああ!!」
裸のラーゼ様が俺を俺を……いつのまにか、出してしまっていた。これが夢精とかいうやつか? しかもそれでも収まりはしない。一体どうしたら……これではラーゼ様に会えない。だが……会いたい。胸が苦しい。こんな立ったままの自分でも受け入れてくれるだろうか? 大笑いされるだろうか? それとも引かれるだろうか? そう考えると怖い。
だがあの姿を見て、あの方の声を身近で聞いていたい。
「ラーゼ様」
ポツリとそう口を突いて出た。その時、甲高い悲鳴が俺の耳には確かに聞こえた。それは間違いなくラーゼ様の声。俺が聞き間違えるはずがない。ベッドから飛び降りて、扉を無視して窓から外に出る。すると風景が昨日と様変わりしてる事に気付いた。荒野みたい印象だったのに、いつの間にか緑が溢れてる。だがそんなのは今はどうでもいい。
一刻も早くラーゼ様の元へ! 俺の頭にはそれしか無かった。だから気づかなかったんだ。近場で聞こえてた断続的な悲鳴が俺に対しての叫びとは。パンツ一丁でしかもフルボッキの獣人が血眼になって走ってる……それは現地の人種にはトラウマ物の光景だっただろう。




