外の世界
あるところにラビコ村という小さな村があった。その村の人口は50人足らずで、子供は特に少なかった。
これは、そんな村にすむある男の子とその友達の話である。
***
「いってきまーす!」
この男の子は12才の明るく活発な少年、新一だ。少々喧嘩っ早いところもあるが、友達思いの優しい子だ。
新一はこの村が、この村の住人が好きだった。しかし、いつかはこの村の外にでて、広い世界を見るんだ、と密かに心に決めていた。
「外の世界に行くなんて、まだ言ってるの?」
彼女は新一の幼なじみで親友の一人、ミリアーナだ。
クリーム色のふわふわした髪の毛を肩の少し下まで伸ばしている。整った顔立ちと、華奢なたたずまいは、いつまでも見ていたくなるほどの美しさだ。
「おばあちゃんが、外の世界は悪い人がいっぱい居るって言ってたよ。」
彼はミリアーナと同じく新一の幼なじみで、親友のトンシーだ。12歳の男の子の割には背も小さく、かなり痩せている。
トンシーは、母親の愛情を全く受けずに12年間過ごしてきた。
トンシーの母、アクネシアは村では有名の大酒飲みだ。家にはほとんど帰らず、たまに帰ってくると、トンシーなど居ないような素振りで過ごすのだという。
そのため、トンシーは祖母、ラキに育てられた。
ラキはトンシーには勿論、新一やミリアーナにも優しい。母親の代わりに、ラキはトンシーに思い切り愛情を注いだ。だから、寂しくないよ、とトンシーは新一とミリアーナに語った。
そして、トンシーの父は、名前も顔も知らないという。というか、祖母が教えてくれないそうだ。
そんな二人に自分の夢を思い切り否定された新一は、途端に機嫌が悪くなった。
そんな新一に気付いたミリアーナは、少し焦ったような表情になった。
「だ、だって、どうしてわざわざ外の世界に行きたがるのよ。この村だってすてきなところじゃない。」
ミリアーナの意見に賛成するように、トンシーが激しく頭を上下に振った。
「そりゃ、この村は好きだよ。だけど…見てみたいんだ。外の世界を…」
ミリアーナは新一がこの村が気に入らなくて、外の世界に行きたがってると思っているらしい。急に居心地が悪くなった新一は、立ち上がり、何も言わずに立ち去った。
***
湖まできたとき、初めて新一は足を止めた。
「ジュリアさん。」
ジュリアさん、というのは、唯一新一の夢を応援してくれている女性だ。
ミリアーナとはまた違った大人の魅力があり、美しい。透き通るような青い瞳、長いブロードの髪…。まるで湖の精のようだ。
「あら、新一君。ここにきたってことは、ふふ、お友達とけんかしたのね。」
思い切り図星だった新一の表情を見て、ジュリアはもう一度ふふっと笑って、自分の右隣をぽんぽん、と叩いた。
「そんな所で突っ立ってないでここにお座りなさい。また、外の世界の話を聞かせてあげる。」
ジュリアは昔、夫と二人で外の世界に行ったことがあるという。夫は外の世界で不幸な事故に遭い、亡くなったそう。
まだ23才という若さだが、もう結婚する気はないらしい。
ジュリアから外の世界の話を聞く時間は新一にとって夢のような時間だった。森の木々がそよそよと風に吹かれ、気持ちのいい音を立てている。
***
「ん…?」
いつの間にか新一は眠ってしまったらしい。もう夕方になっていて、ジュリアはもういなかった。
その代わりに、ジュリアの羽織っていたカーディガンが、新一の膝にかけてあり、その上に分厚い本がおいてあった。
「何の本だ?」
ラビコ村には学校がない。そのため、子供たちは生活する上で、最低限必要の知識を親から教わるのだ。
つまり、文字を読み書きできる子供などほんの一握りだ。ミリアーナはその中の一人なのだけど。
急いで家に帰ると、ぎりぎり門限の18時に間に合った。こっそりと自分の部屋に行き、あたかもずっと前から帰っていたように見せよう、ともくろんでいた新一だが、玄関を開けたときそれは不可能だと悟った。
「ちょーっと…遅いんじゃないの?」
玄関で新一の母、由実が勝ち誇った顔で待ちかまえていた。
「門限は18時だろ、今は17時58分!」
あと2分とはいえ、門限に間に合ったのは事実だ。ニヤリと笑う新一を見て、気に食わなそうにふん、と由実は鼻を鳴らした。
「まあ、いいわ。手、洗ってらっしゃい、あら?何持ってるの?」
新一はギクリと身を震わせた。
由美に突っ込まれないよう、できる限り自然に、(全然自然ではないのだが…)カーディガンと本を服の中に隠していたのだが。
「な、内緒だよ!」
言うか言わないかのうちに、新一は二階に走り去っていた。
自分の部屋に逃げると、由美が追いかけてこないことが分かり、一息ついてベッドに座った。
カーディガンを椅子の背もたれにかけ、試しに本を開いてみた。やはり、読めない。ペラペラめくってみるが、何とかいてあるか、見当もつかない。しかし、めくっていくとあるページで何かに引っかかり、止まった。
「なんだこの紙きれ」
ノートの切れ端に、何かを走り書きしたようだ。勿論新一には読めないが、分厚い本よりもよっぽど内容が気になった。
ジュリアは一体何のためにこれを俺に渡したんだ?新一は本をめくりながら考えた。ジュリアは新一が本を読めないことを知っている。なのになぜ?
新一は紙切れをじっと見つめ、ある考えにたどり着いた。
新一の父、カイニーは、読書家だ。小さい頃、自力で文字を覚えたそうだ。もしかしたら、父の部屋に、この文字を解読する鍵があるかもしれない。
カイニーの帰ってくる時間は20時~22時。今なら安全に、長い時間カイニーの部屋を調べることが出来る。
カイニーは本を何よりも大事にしており、新一が小さい頃本に触ろうとして、思い切り怒られたことがあるのだ。
カイニーの部屋に入るとふわっとコーヒーのかおりがした。読みかけの本が開いたまま机の上に置かれている。ジュリアから受け取った本よりも細かい文字がずらーっと書いてあった。
その本の横には、ノートがあり、カイニーの筆跡で何か走り書きされていた。
新一の父親は家族を何よりも(勿論本よりも)大切に思っており、部屋には家族の写真が沢山飾られていた。
「あー…本多すぎてどれみりゃいいか分かんねえ。」
そもそもカイニーが小さい頃、自力で文字を覚えた話は聞いていたが、どうやって覚えたかは聞かなかった。というか、興味がなかったのだ。
とりあえずきれいな色の本や文字が少なそうな本を片っ端から見ていたが、どれもこれも新一には難しすぎる本ばかりだ。
鮮やかなピンク色の本を本棚に戻したとき、うっかり持ってきていた紙切れを落としてしまった。
紙切れを拾うとき、初めて本棚の下に引き出しがあることに気がついた。あけてみると、カイニーの本よりは薄く、字が少ない本が数冊入っていた。そしてその本のどれも、可愛い絵が書いてあった。
字を読めない新一にも、絵を見るだけで物語の内容が分かった。夢中になってその本を読んでいた新一は、父親が帰ってきていたことに気がつかなかった。
「新一が、本に興味を示す日が来るとはなぁ」
新一は驚きのあまり本を取り落としてしまった。落ちた本の角が足に当たり、痛みで顔がゆがんだ。
「父さん、ごめんなさい。あの、」
「おいで、私が文字を教えてあげよう。」
新一は自分の耳を疑った。
つづく♬




