迷宮ライフ★
二日目になってもまだ生徒全体としての動きは鈍かった。水は最悪トイレの手洗い場のものが手に入ることと、ショップの栄養バーを買えば三食摂っても最初に配布されたゴールドで二ヶ月は食い繋げることが一因。しかし、実際は衣類も制服だけ、入浴もゴールドが掛かるとなればそう長くはもたないのは明白だ。要するに二日目ではまだ現実を受け入れられていない者が多いということだろう。
それでも迷宮に乗り出すべく纏まり始めるグループも居る。まずは昨日の深津生徒会長を中心としたグループ、現在は二十人程度ながらも積極的に生徒達に声を掛けていっているため、このままいけばなかなかの大所帯となる可能性が感じられた。
次に教師陣。教師といえど昨今の二十代から三十代の若手教師ならばゲームをたしなむ者も少なくない。そんな若手教師達が中心となって教師陣は纏まり始めている。非常事態に“生徒を守らなくてはならない”というわかりわすい指標があったことが幸か不幸か、彼らの行動を後押ししていた。
「体育館の外は非常に危険です。決して一人では行動しないように。どうしても外に出る場合は必ず複数で活動してください」
「よーし、今から名簿を回すから“ギルド”を登録した奴らはギルド名とメンバーの名前を書いてくれ。連絡網を作るからな」
生徒が単独で迷宮に行かないように渡り廊下への入口で声を掛ける教師、ひとまず連絡網の作成をする教師……と、さすが非常事態でも規律を守ると言われる日本人らしく方向性さえ決まってしまえば秩序が生まれ始める。
「迷宮の第一層に出るのはスライムだ。大人数で囲めばどうということはない。ここで閉じ籠っていても得るものはないだろう。手助けが必要な者はギルド“迷宮生徒会”に入るといい。ぼくらは君達をここから連れ出してみせる!」
迷宮探索に二の足を踏んでいる者達を深津会長が叱咤し、また手助けするギルドを構築しようと声を上げる。昨日は少々強引な言葉で聖子達から好感は下がった深津ではあったが、彼もまた非常事態の中で行動することが出来る人間、悪い奴ではないのだ。
そんなこともあり迷宮ライフ二日目の体育館内は目立った略奪や暴力が発生することもなく、トラブルは小規模な喧嘩程度で済んでいた。
「今日はもう少し奥まで行ってみましょうか」
名簿にギルド名とメンバーを書き込みながらユミが言う。三人は昨日の時点でレベル2になっている 。
レベルが上がると自動で全体のステータスが各1~5ほど上がる他にステータスに割り振れるポイントが10貰えた。幸恵はゴーレムの威力がスキルレベル依存のため召喚に使うMPに、ユミは筋力と命中率を上げるため器用に、聖子はMPと知力。そして安全性を高めるため三人とも防御にもポイントを割り振る。これが死に戻り出来るゲームならば完全に特化したステータス配分にしたのだろうが、如何せんデスゲームでは効率より命が優先になるのは仕方ない。
「それじゃ、出発進行~!」
ギルドマスターの掛け声と共に三人は再び迷宮に踏み出した。
ひたすらスライムを狩りつつ進むと、罠がちらほら出現するようになる。しかし命に関わるようなものは無く、軽い痺れ程度のもので罠感知と罠解除レベル1でも十分に対処可能であった。
「なんつーかこう……チュートリアルって感じだな」
聖子の台詞に二人が同意する。
「これならパーティー上限の六人で行動すれば、確かに例え武器が掃除用具のホウキでも死にはしないでしょうね」
「ある意味、親切設計?」
きちんと装備を整えている三人がチュートリアル的階層に手こずることもなく、時々脇道を探索しつつも三時間半ほどで最奥と思われる場所に辿り着いた。扉の前には黒板があり、何故か消せないチョークでこう書かれている。
【ボス部屋。一度に六名様まで入場可能。一度入場されますと戦闘終了まで扉は閉ざされます。途中離脱を望まれる攻略者様は、あらかじめアイテム“帰宅部”をショップにてご購入くださいますようお願い致します】
「なんという至れり尽くせり……」
昨夜と同じ台詞を呟いて幸恵は黒板を半笑いで読み上げる。ここは言葉に従っておこうと三人は帰還アイテム“帰宅部”を購入してから扉を潜った。
「……うわ」
扉の先の光景に聖子が驚愕とも感嘆ともつかない声を上げる。
ボス部屋は教室だった。ただし、全てのサイズが規格外に大きい。
「まるで不思議の国のアリスにでもなった気分ですわ」
自身の背丈より大きな椅子や机を見回してユミが呟く。そうしている間に部屋の中央が光りボスモンスターが現れた。
プルプルと震える巨大なスライム。ゼリー状の体の一部を伸ばして攻撃してくるが、その動きはゆっくりとしていて冷静に対処すれば問題はない。また、スライムではあるが第一層の普通のスライム同様に物理攻撃が効くので火力不足に悩まされることも無さそうである。
「まさにチュートリアル……よし、サクッと片付けてお昼ご飯にしよう!」
しかし、彼女達はお昼ご飯が予想より随分と遅くなることをまだ知らない……。




