ギルド結成★
体育館に戻ると初日にしてすでに様々な問題が発生していた。
まずはトイレだ。体育館に付属するトイレはあるのだが、如何せん1000人近い人数が使うには数が足りないため常に行列が出来ている。トイレットペーパーも自前でショップから購うしかない。水はどこから来ているのか無くなる様子がないのだけが救いだった。
次に寝る場所。広い体育館と言えど1000人が詰め込まれていると横になるだけでも精一杯でパーソナルスペースなど全く確保出来ない。これは現在の特殊な状況下と相まって相当なストレスになるだろう。
教師陣も今後の対策を話し合うため集まってはいるが、こんな時のマニュアルや前例などあるわけもなく難航している。
「……こうなると序盤からギルドハウスが出たのはラッキーだったね」
三人は体育館の隅に集まってギルドを結成すべくメニュー画面を操作していた。
「幸恵ちゃんの極運ステータスに感謝ですわ」
「で?ギルドマスターは誰がやる?」
疑問系ではあったが聖子の目はすでに幸恵を捉えている。幸恵はわざとらしく視線を逸らした。
「や……ここはユミちゃんに……」
「 誰 が や る ? 」
どこかの覇王と張り合えそうなオーラの前に幸恵はガックリと崩れ落ちて降参した。
「や、やらせてイタダキマス」
そうと決まればまずはギルド名と登録しなくてはならない。三人は額を突き合わせてギルド名の候補を出し会う。
「怒羅魂」
「いやいやいやいや!セーコちゃんそれじゃ暴走族か何かだよッ!?」
「迷宮商会体育館支部」
「ユミちゃんは攻略じゃなく商売でも始める気!?」
幸恵が思わず突っ込みを入れる。
「じゃあテメーも候補を出せよ」
「えー……ぷむぷむプリン?」
「「却下」」
たかがギルド名、されどギルド名……予想以上に混迷を極めた命名会議は、宝くじが当たるという幸運が元で結成された成り立ちから“クローバー・ガールズ”に決着した。
「なんか“クローバー・ガールズ”って男の子は入りづらい名前だねー」
幸恵の言葉にユミが頷く。
「元より男性を入れるのは難しいかと……この非日常でさらに戦闘を繰り返さなくてはならない環境下で男女一緒というのは……」
「あー、生命の危機ってやつで下半身が緩むってわけか」
あっけらかんと言われた内容に幸恵が真っ赤になりながらおたおたする。それを見て聖子がニヤニヤ笑いを浮かべた。
「いや、ギルドマスターが野郎を入れたいってならオレは構わねーぜ?」
からかうように発せられた台詞に真っ赤になったままブンブンと首を振る幸恵。
「う、うちは女の子専用で!女の子専用でいこう!」
ギルドを結成し終えた三人はギルドハウスの確認の前に夕飯にすることにした。メニューは勿論ドロップアイテムの日替わり定食A。
「さて……な、に、が、で、る、か、な……っと」
三人同時に食券を使うと、こんがり焼き目のついた鯖の塩焼きに油揚げと豆腐の味噌汁、小鉢には菜の花のおひたし、そしてホカホカのごはんというシンプルな焼き魚定食が現れた。
「量はちょいと少ないが美味そーだな」
ワンコイン定食といった量で少々育ち盛りには物足りないが、暖かい食べ物があるだけで気分は浮上する。
「食券はたくさんあるから足りなければもう一つ食べればいいじゃん」
「あらあら、太りますわよ?」
「むう……」
他愛ない会話をしながら食事を楽しむ三人だったがやはり非日常のせいで細かいところまで気は回っていなかったらしい。初日から迷宮に乗り出した者は極僅かでほとんどの人々はショップで買えてそのまま食べられる栄養バーを食べていたのだ。そんな中で定食を食べていれば必然的に目立つ。
「君達、ちょっといいかな?」
突然声を掛けられて三人が顔を上げると、そこには生徒会長の深津勇治が立っていた。
「なんでしょう?深津生徒会長」
ユミが応対すると、深津は三人の手元を指さして問いかける。
「いや、それをどうやって手に入れたか教えて貰いたくてね」
「これでしたら迷宮のドロップアイテムですわ。第一層で手に入りますよ」
ユミの答えに深津が僅かに目を見開く。
「君達、女の子だけで迷宮に行ったのかい?危ないじゃないか……」
その言葉にどうらやカチンときたらしい聖子が深津をねめつけながら身を乗り出した。
「ああん?女は迷宮に行くなってのか?センパイよぅ?」
「そういうわけじゃないが……やっぱり心配だろ?そうだ、君達ぼくのギルドに来ないか?これからの対策を話し合ったり情報交換をするために人を集めてるんだ」
深津の言葉に幸恵が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すみません……あの、私たちもうギルドを作ってしまって」
「そうかい?でもそれは個人のグループだろう?ぼく達のギルドは全校生徒の互助のための組織だ。ここからの脱出と皆の状況改善のために情報や物資を供出してくれると嬉しいんだが……勿論、無理にとは言わないよ」
幸恵が何か応える前に聖子が皮肉に唇の端を吊り上げて嘲笑った。
「はは、タダで寄越せってのか。寝言は寝てから言いな、会長さんよぅ?リスク背負って迷宮に行く奴等ならともかく、安全な場所で縮こまってる連中の世話までなんだってオレ達がしてやらなきゃならない?ざけんじゃねーよ」
「君はッ!」
険悪な雰囲気になりかけたのをユミが遮る。
「千咲さん、喧嘩は止してちょうだい。……深津会長、私たちに出来る範囲で情報の提供などは当然させて頂きます。ただ、ギルドに関してはこの状況下では見ず知らずの人間と組むことに不安を覚える方々もいらっしゃると思います。なのでギルドを一つに定めるのは少々早計かと愚考しますわ」
美少女ににっこりと微笑まれながらこう言われて噛みつく男はいないだろう。深津も渋々ながら言葉を引っ込めた。
そのタイミングでユミは何枚かの食券を差し出すとこう続ける。
「まだ私たちもほとんど探索出来ていませんのでこれしかありませんが、どうぞご活用下さいませ」
本当はアイテムボックスにまだ沢山の食券があるのだが、ユミはいかにも「少なくて申し訳ない」と言った風情で深津に手渡す。
「あ、ああ……協力感謝する。ぼくのほうでも何かわかったら知らせるよ」
「はい、よろしくお願いしますね」
深津の姿が人混みに紛れると聖子はヒソヒソとユミに耳打ちした。
「おい、なんで渡した」
「あそこで敵対してもメリットはありませんから。全部渡さなかったのは幸恵ちゃんの極運ステータスによるドロップ率向上を悟られないためです」
ユミの言葉に聖子はガシガシと頭を掻きむしる。
「かーーッ、アホか。ああいう手合いはまた何か言ってくるぜ?今回限りだなんで思わないほうがいい」
「今だけ時間を稼げれば良いんです」
「は?」
すると、ユミは美しい顔のまま意地の悪い笑みを浮かべて聖子と幸恵を交互に見やった。
「このゲームは所謂レベル制ですよね?つまり男女関係なくレベルがそのまま力になります」
「……あっ」
幸恵は気付いたようでハッと口元を手で覆う。
「彼らがまごついてるうちに私たちはさっさとレベル上げをしましょう。明日から忙しくなりますわよ?」




