久瑠実の許嫁破断計画
いきなり結婚相手、
いきなりしきたり、
いきなり転校生がそうだと言われたって…
佳奈と那南には、理解できなかった。
それどころか…
伸政「どちらを選ぶかは、智頼君に決めてもらう。」
そこに、自分の意思はない。
何もかもがありえない状況を突きつけられて、
佳奈も那南も呆然とするしかなかった。
話が終わってからも、
しばらくは、今という現実を受け入れるのに時間がかかった。
どうしていいか解らなかった佳奈は、
すぐに新美を訪ねていた。
新美は、それを聞いて驚いた。
しきたりの事は知っていたが、
まさか佳奈まで、その候補になるとは
思っていなかったからだ。
佳奈も、確かに山口家の人間ではある。
けれども、本家からすれば、相当血筋は遠い。
本家の伸政から見て、佳奈は、
伸政の二番目の弟である貴三郎の次男の子である。
山口家には、たくさんの娘がいるが、
確かに年齢的に見て、
智頼の相手として相応しいのは
那南と佳奈しかいない。
けれども那南は、伸政の長男の娘。
まさに本家直系の娘だ。
新美は、てっきり那南が許嫁になるものと思い、
佳奈がそうなるなんて心配していなかった。
親戚だって、みなそう思っていた。
伸政だって、30兆円とも言われる
高林寺財閥の御曹司の嫁という栄誉なら、
孫娘に与えたいだろうと思っていたはずだ。
なのに、どうして佳奈が…
新美には、理解できなかった。
すると、話を聞いた新美は、
すぐさま自分の携帯電話を取り、
あるところに電話をかけていた。
それは、佳奈にとっては祖父にあたる
貴三郎のところであった。
もはや新美には、貴三郎しか頼るところが無かった。
話を聞いた貴三郎は電話口で声を荒げた。
貴三郎「何で分家の佳奈にまで手を出すんじゃ!! 許せん!!」
貴三郎の激怒した。
自分の孫娘をそんなものに巻き込んだことが
許せなかった。
貴三郎は、堅苦しい事は大嫌いで、
山口家関連のしがらみは全て兄の伸政に任せ、
その代わり、父の財産も全て伸政に譲って、
一代で改めて財産を築き、
大家族を得たそういう人だった。
しきたりの事は当然知っていたが、
孫娘たちをそんなものに巻き込む気はさらさらなく、
そんな大財閥みたいな面倒なところに嫁ぐのではなく、
普通に幸せに暮らしていける、
生きたいように生きられる、
そんな家族を築けるところに嫁いで欲しいと願っていた。
だからこそ、親の財産は相続せずに、
全てを兄に預けたのだ。
にも関わらず、本家のしがらみを
自分の家にまで持ち込んだわけだ。
貴三郎にとっては、許せない話だった。
何より、貴三郎にとって、佳奈は、
一番年下で一番かわいがっていた孫娘だった。
その佳奈を巻き込んだことが一番許せなかった。
新美から電話を受けた喜三郎は、
早速、伸政の家に乗り込んでいた。
貴三郎「いったい、どういう事じゃ!!!!」
貴三郎の激昂ぶりはすさまじかった。
まるで暴れんばかりに、最初からいきなり、
伸政に食ってかからんばかりの勢いだった。
ところが、話を聞くと、佳奈を許嫁候補にしたのは、
伸政の意思ではなかった。
伸政によれば、那南をと考えていたものが、
高林寺家の方から、佳奈も候補に加えて欲しいと
話があったというのだ。
理由を聞いたが、年頃が近いからという事だけで、
はぐらかされてしまったらしい。
山口家は本家で、高林寺家は分家…
とは言え、今や社会的な実力の差は、
高林寺家の方が圧倒的に上。
山口家は、高林寺家に立ててもらっているという立場だった。
伸政も、その要請を断る事が出来なかった。
貴三郎は、怒りの矛先を見失ってしまった。
高林寺家が相手では、一筋縄ではいかない。
とりあえず、伸政が裏切ったわけではない事だけ解って
それだけはホッとしたが、
何の解決にもならなかった。
那南と佳奈と智頼が許嫁になった話は、
まだみんなには知られていなかった。
話す必要はない。ただ、佳奈と那南は、
久瑠実には、それを打ち明けた。
親戚を通じては、いずれ知られるだろうし、
こんな事相談出来るのは、
2人には久瑠実しかいなかった。
3人は、佳奈の家に集まると、
久瑠実に許嫁の経緯の全てを話した。
当然のごとく、久瑠実も憤慨した。
那南は、中学生になるまでは、
そういうしきたりがある事を知らなかった。
話を理解出来るようになるまで…
そして思春期を前に…
その時期になるまで、家族すら、
その事実を話していなかったのだ。
那南には、2人の兄と1人の姉がいたが、
その3人は、その事実を知るだけでなく、
いずれは那南がそうなるであろう事も知っていた。
伸政は、最初から那南だけを候補として考えていた。
それを聞いて、那南はショックだった。
そんな自分の運命を決めるようなことを、
今まで黙られて、みんな普通を装っていたなんて…
騙されていたようで、家族不信に陥りそうだった。
久瑠実「那南、家出しちゃえば?」
久瑠実は、半分本気だった。
何なら、自分の家に来ちゃいなよ!
そうまで言った。
でも、そんなわけにはいかない。
何より、那南には、逃げられない理由があった。
那南「私は逃げられない。本家の子だし…」
久瑠実「そんなの関係ないじゃん。那南の生き方は那南が決めればいいよ。」
那南「うん… でも、私が逃げたら、佳奈が許嫁にされちゃう。」
佳奈「そんな… 確かにそうだけど、だからと言って、そんな理由で那南を許嫁になんかできないよ。」
那南「それに… 私には、まだ彼氏とかいないけど、佳奈にはいるから…」
佳奈「…」
那南「祐君がかわいそうだよ。今、佳奈が許嫁になったら。でも、私には今、そういう人はいないし、現れるかも解らない… 今なら、私が許嫁になっても誰も傷つかない…」
佳奈も久瑠実も言葉に詰まった。
中学生になったばかりの少女たちには、
どうしようもない事ばかりだった。
けれども、そんな話をしている途中、
久瑠実が何かをひらめいた。
次の瞬間、久瑠実はクククと笑いだし、
2人にこう切り出した。
久瑠実「なんだ! 簡単な事じゃん。智頼に、2人の事をあきらめさせればいいんだよ。」
佳奈と那南は、ぽかんと聞いていた。
久瑠実「だから、智頼に2人が嫌われちゃえばいいんだよ。智頼に嫌われるようなことしてさ。」
佳奈「例えば?」
久瑠実「女の子らしくないところを見せるとか。それか、那南も彼氏作っちゃって、あいつに見せつけてやったら?」
那南「そんなことしたら、お父さんやお母さんに怒られちゃうよ… お母さんは、高林寺家の出身だし…」
久瑠実「殺されるわけじゃないじゃん。とにかく、それしかないよ。あいつに嫌われれば、2人とも自由になれるんだよ。」
2人の性格上、人に嫌われる事をするなんて、
例え芝居でも気持ち良いものではなかった。
ちょっとしたいたずらだって、
すぐに後ろめたくなってしまうほどに気が弱い。
けれども、やらなければ
自分たちの将来が束縛されてしまう。
智頼に対して個人的な恨みはないけれど、
やるしかなかった。
そして、久瑠実の指揮監督の下、
許嫁破断計画は、破断作戦に切り替わり、
実行に移されたのだった。
ただ、その前に佳奈は、
メールで祐樹にも呼び出されていた。
祐樹にも、ちゃんと説明しておかなければならなかった。




