許嫁(いいなずけ)
久瑠実「マジで!?」
久瑠実には話さざるを得なかった。
あんな形で2人で抜け駆けしたのだ。
当然理由を聞かれるし、
理由を聞かれたら、そうなる。
久瑠実「あの馬鹿兄。ホントに手を出しやがった。」
久瑠実がお膳立てした
その日に告白したという事は、
すでに祐樹は、それを決めていたという事だ。
久瑠実の思惑を無視して
そんな事になったのが久瑠実は気に入らなかった。
そんな久瑠実の怪訝な表情を見て、
佳奈は思いっきり不安になった。
佳奈「やっぱり従兄妹同士はダメかな…」
そんな佳奈を久瑠実は正面から抱きしめた。
久瑠実「ダメな事は無いよ。」
すると、久瑠実のぬくもりと優しさで、
佳奈の目頭は熱くなった。
久瑠実「泣いてるの? 何で…」
佳奈「解らない… でも止まらないよ…」
久瑠実「馬鹿だね…」
久瑠実が優しく佳奈の頭を撫でると、
佳奈の涙は余計にあふれてきた。
久瑠実「私にとって、佳奈は一番大切な幼馴染みだよ。私は、佳奈が大好きだし、ずっと佳奈の事守ってあげるからね。」
佳奈「ありがとう…」
この後、佳奈は、那南にも
祐樹と付き合い始めた事を報告した。
ただ、祐樹との交際が始まった佳奈だが、
普通の恋愛は出来なかった。
佳奈にはやる事がたくさんある。
家の事、病気の母の世話、勉強…
その上でプライベートがある。
プライベートに割ける時間は少ない。
佳奈は、休日になると、
母の入院する病院に朝から夜までいて、
母の世話をしていた。
母親の衣類の洗濯は佳奈の仕事だ。
病院で出来るものは病院でして、
必要なものを持って来たり、
いらなくなったものを持ち帰ったりしている。
母親である新美は、それが申し訳なかった。
休日ならば友達と遊びたいだろうに、
その機会を奪ってしまっていて、
新美にとってはつらかった。
新美「佳奈、そんなに病院に来なくてもいいんだよ。」
しかし、佳奈は言う。
佳奈「私は好きでここにいるの。お母さんは、私がいると嫌?」
嫌ではない。
むしろ嬉しかった。
そんな事を言われたら、ダメとは言えない。
新美にとってはジレンマだった。
佳奈だって、友達と遊びたくないわけじゃない。
今日だって久瑠実は、友達と買い物に行っている。
誘われたけど断った。
行きたい気持ちはある。
でも、佳奈にとって、一番は母親だった。
新美は、一番好きな存在だ。
好きな事はたくさんあるけれど、
その中でも一番の選択をしてここにいる。
そう思っていたから、つらくはなかった。
ただ、気になるのは祐樹だった。
祐樹と付き合い始めてから、
まだ、まともなデートは一度もなかった。
今日も誘われていたけど断っていた。
祐樹もその事情を知っていたから、
無理強いはしなかった。
佳奈は、母親との連絡ツールとして、
すでにケータイを持たされていたが、
そこには祐樹からのメールが
朝から何件か入っていた。
母のベッドの傍らで、佳奈はそれを見ていた。
新美「お友達から?」
佳奈「う、うん…」
祐樹と付き合い始めた事は
まだ言っていない。
言えなかった。
従兄妹という罪悪感は、
特に家族に対して強かった。
言ったら、反対されるかも知れない。
それが怖くて言えなかった。
新美「それとも彼氏から?」
佳奈「そ、そんなのまだいないよ。」
新美「あら、そうなの?」
佳奈「お母さんは、私くらいの時に彼氏いたの?」
新美「私はいなったけど、好きな人はいたよ。」
佳奈「どんな人? お父さん?」
新美「まだ、その頃はお父さんとは知り合ってないよ。違う人。」
佳奈「お父さんに似てたの?」
新美「ううん、全然。正直、お父さんは、私のタイプじゃなかったもの。」
佳奈「え、タイプじゃないのに結婚したの?」
自分の好みのタイプじゃないのに結婚する…
佳奈にとっては理解不能な事だった。
新美「そうよ。でも、お父さんは優しくて面白くて、近くにいて安心できて… そんな人だから結婚したのかな…」
佳奈「ふうん…」
思えば、祐樹を好きになった理由もそんな感じだった。
祐樹がタイプかどうか、佳奈にもよく解らない。
タイプだから好きになったというよりは、
好きになった人がタイプ。
祐樹はそんな感じだった。
だから、祐樹に置き換えれば、
新美の気持ちも理解できるような気がした。
その翌日。
突然、佳奈のクラスに転校生がやってくる事になった。
前もって知っていたのは誰もおらず、
本当に唐突な印象だった。
それは、少年だった。
中一ながら身長は170cmを超え、
スラッとした見た目はフェミニンなイケメンタイプ。
一見、好青年な印象だった。
朝のホームルーム。
「高林寺智頼です。よろしくお願いします。」
挨拶も好印象だった。
特に女子ウケが良かった。
久瑠実「かっこいいね。」
久瑠実は佳奈にそう耳打ちした。
どうやら久瑠実は気に入ったようだ。
佳奈は、なんとも感じなかったが、
ただ、智頼の視線は気になった。
何度か視線があったが、
何となく見られているような気がした。
その日は、智頼の周りに女子が集まった。
その中には久瑠実もいた。
久瑠実は、智頼がどこから転校してきたのか、
今はどこに住んでいるのかとか、
遠慮もなく根掘り葉掘り聞いていた。
智頼も戸惑うことなく応対していた。
どうやら、人付き合いには慣れているようだ。
佳奈は、智頼を囲む輪には加わらなかったが、
ただ、何度か智頼の視線は感じていた。
自意識過剰になってるのかな…
佳奈は、そう思っていたが、
それでも視線を感じる。
佳奈(なんか、今日の私おかしい…)
佳奈は、なるべく智頼の方を見ないようにしていた。
ところが後日。
佳奈は、急に山口家の本家から呼び出された。
本家とは那南の家だ。
父親や母親が呼び出されたのではなく、
佳奈が呼び出されたのだ。
しかも、どういう用事かは告げられなかった。
こんな事は初めてだ。
佳奈が那南の家に行くと、
待っていたのは、全ての山口家の当主であり、
那南の祖父でもある伸政だった。
歳は71歳。
山口家の本家の家は、
豪邸と呼ぶに相応しく
広く、立派で大きな和風建築の屋敷だった。
そして驚いたのは、その場にあの智頼がいた事だった。
佳奈(何で高林寺君がいるの…)
その場には那南も待っていた。
山口家本家の広間。30畳はあるだろうか。
伸政は、佳奈と那南を目の前に並べて座らせると、
傍らで智頼が見守る中、上座に座って口を開いた。
伸政「今日、2人に来てもらったのは、大事な話があるからだ。」
改まってそう言った。
伸政「ここにいる高林寺智頼君は、あの高林寺財閥の御曹司である。」
それを聞いて、佳奈も那南も唖然とした。
2人とも、ただの転校生と思っていた。
高林寺財閥とは、日本最大の経済グループを支配する一族であり、
その規模は30兆円とも言われている。
あらゆる産業で、日本のTOPを行く経済グループであり、
その財閥の御曹司が智頼だったのである。
しかし、肝心な話はそんな事ではなかった。
伸政「実は、この高林寺家は、我が山口家の分家である。」
二重の驚きだ。
そんな大財閥が自分の遠い親戚だったなんて、
思いもよらない展開だ。
だが、肝心な事はまだまだだ。
伸政「そして、我が山口家と高林寺家の間には、あるしきたりがある。」
それは、古くから続くしきたりであった。
遠い昔、山口家から高林寺家が分家した時、
ある取り決めがなされたという。
それは、山口家と高林寺家の当主は、
必ず、互いの家から妻を迎えるというものだった。
そして、互いの家の血筋を常に近いものにし、
仮にどちらかの家が断絶しそうな時は、
もう一方の家から養子をもらい、
血筋を維持する。
そういう取り決めがあったというのだ。
伸政の妻も、那南も母親も、
高林寺家の出身であった。
伸政「そして智頼君は、いずれ高林寺家を継ぐ者。その妻は、我が山口家から出す事になっている。」
まさか…
佳奈と那南がそう思った瞬間、
まさかの展開が2人を待っていた。
伸政「その嫁候補、つまり許嫁として、那南と佳奈。お前たち2人が選ばれたのだ。」
佳奈と那南は声を失った。
突然2人は、知り合って間もない少年の
許嫁候補にされてしまったのである。




