一緒に寝てもいい?
家に帰った佳奈は、
張り切って夕食の支度を始めた。
その頭の中は、
祐樹の事でいっぱいだった。
祐樹に自分の手料理を食べてもらうのは
初めてじゃない。
料理だけじゃなく、
ケーキとかクッキーとか御菓子なんかも作って、
何度も食べてもらってる。
その度に喜んでももらっている。
ただ、中学に入ってからは初めてだし、
あれからいろいろ覚えた事も多い。
今の自分を見て欲しい…
そして喜んで欲しい。
だから張り切った。
私服に着替えて、ポニーテールに髪を縛って
お気に入りのピンクのエプロンつけて…
まるでパソコンのブラインドタッチの指のように、
無駄なくテキパキと
カウンターキッチンの中を佳奈は動いていた。
広勝「うわ、いい匂いじゃん。」
友達「お邪魔しまーす!!」
佳奈が帰ってきた後、
1時間くらいで広勝が男友達3人を連れて帰ってきた。
みんな佳奈の顔見知りだ。
それから30分くらいして久瑠実と那南がやってきた。
キッチンを覗くなり、
久瑠実は「フーッ! やるぅ!」と声を上げた。
那南は「手伝うよ」とキッチンに入った。
それから久瑠実は「ところで」と話を切り出した。
久瑠実「そういえば、今日、お兄ちゃんが来るって言ってたよ。佳奈、誘ったの?」
佳奈「うん、誘ったというか成り行きでね。帰り、一緒になってさ。」
久瑠実「写真部だから、あいつ暇なんだよね。めんどくさ。でも、佳奈は嬉しいかな?」
うん!…とは言えないけれど、うん、だ。
今の佳奈の頭には、それだけしか頭にない。
そして最後に祐樹が来た。
佳奈にとっては、今日の主賓だ。
久瑠実「みんな集まったね。」
すると、佳奈の作った料理が
リビングダイニングのテーブルに広げられ、
男子5人、女子3人でパーティのような夕食が始まった。
「カンパーイ!!」
それからは大騒ぎである。
大勢集まって騒ぐのが大好きな久瑠実は、
早速、広勝が連れてきた先輩たちとからんで、
話で盛り上がって大騒ぎ。
ネタは決まっている。
先輩たちの恋愛事情。
誰と誰が付き合ってどうなった?ってな話を、
うわさで聞いた事や、
自分があやしいと思ってる事など、
久瑠実は、話題も尽きずどんどん先輩たちにぶつけて、
情報収集に熱心になっていた。
リビングの方に置いたテーブルを囲み、
まるで居酒屋のコンパのようだった。
久瑠実「マジでぇ、ありえなぁ~い!」
友達「マジでアリエッティっすよ。」
久瑠実「ちょーウケるんだけど。」
友達「いや、これはまだまだややウケレベルっしょ。それよりも驚くのはさ。」
久瑠実「はぁ? 馬鹿じゃねぇ?」
傍から見れば、
ドッチラケくらいの大騒ぎだった。
佳奈と那南は、裏方で、
おかわりや皿を配ったりしていた。
祐樹は、広勝よりは1年後輩なので、
そんな広勝たちの輪からは少し距離を置いて、
ダイニングのテーブルの端の方に座り、
時折キッチンをあくせく動く佳奈や那南を見ながら、
ゆっくり佳奈の作ったごはんを味わっていた。
祐樹「あれ、佳奈、また料理うまくなったんじゃない? 前は、ほんのちょっとだけ薄味だった気がするけど、なんかうまくなってる。」
佳奈「気付いた? 私、好みに合わせて、塩加減とか、かなり調節出来るよ。祐君は、濃い味が好きだったもんね。」
祐樹「おお、さすがだし、嬉しいね。おれの好み覚えてるなんてさ。」
佳奈「祐君は、育ち盛りだし、なおさらだよね。」
祐樹に褒められて、
佳奈の口調も滑らかになっていた。
そして佳奈と那南も、
落ち着くと祐樹の方に座っていた。
祐樹「佳奈と那南は、久瑠実と違って、大人になったらすぐに結婚しちゃいそうだな。それにいい嫁さんになるよ。」
佳奈「そうかな…」
祐樹「佳奈や那南は、ちゃんと相手を選んでちゃんとした人捕まえて、最初の人とそのまま結婚しそうだけど、あいつ(久瑠実)は遊びまくるよ。キルレシオを誇るタイプだな。」
ちなみにキルレシオとは、
もともと戦闘機の撃墜率を指す軍事用語だが、
恋愛では、どれだけ異性と付き合ったかの数を指す。
佳奈「私は、久瑠実は一番早く結婚しそうな気がする。」
那南「私も…」
祐樹「なんで?」
佳奈「久瑠実は、これと決めたらすぐ行動するから。結婚の決断も早いだろうなって思って。」
那南「久瑠実なら、そういう相手、すぐに見つけられそうだしね。」
佳奈「うん。早ければ、十代で結婚しそうな気がする。」
祐樹「あーっ、あるかもね…」
その時だった。
佳奈を呼ぶ久瑠実の甲高い声が響いた。
久瑠実「佳奈! 那南! こっち来て。2人とも、先輩たちの間で人気高いんだってさ!」
いつの間にか話題は、
佳奈と那南の事に移っていたようだ。
どうやら、二年生と三年生の男子の間では、
佳奈と那南の人気が高いらしい。
そんな話で久瑠実たちは勝手に盛り上がっていた。
友達「佳奈ちゃん、試しに俺と付き合ってみない? とりあえずデート行こうよ。お兄さんの許しもあるしさ。」
広勝「誰も許した覚えはねぇぞ。」
友達「那南ちゃんは俺と。那南ちゃんは好きな人いるの?」
久瑠実「どうかなぁ~」
久瑠実がニヤリと笑う。
その視線は、聞かれた那南だけでなく、
佳奈にも向けられていた。
そして、大騒ぎが終わった後、
広勝たちは広勝の部屋に戻って行った。
佳奈と久瑠実、那南の3人で後片付けをし、
そのあと3人順番に風呂に入った。
祐樹は家ですでにシャワーを浴びてきていた。
昔は3人一緒にということもあったけど、
大きくなった今は、さすがに家庭のお風呂で3人一緒は無理だ。
風呂のあと、3人は、パジャマ代わりのジャージに着替えた。
このまま寝てしまうのはもったいない。
そう言ったのは久瑠実で、
久瑠実は、祐樹も誘い、4人で外へ散歩に出る事にした。
夜中、外を出歩くなんて親がいたら許してくれない。
中学生にとって、夜道を歩くほど
気分が高揚するものはなかった。
風呂の後で風邪をひくかも…
なんてことは気にしない。
楽しい事優先、そんな年頃だった。
車の来ない道を農道を選んで、
田園風景の中を4人は横に並んでゆっくり歩いた。
月明かりがまぶしい夜で、
街灯なんてなくても良く見える、
そんな夜だった。
久瑠実は、祐樹の隣に佳奈が来れるようにした。
久瑠実、佳奈、祐樹、那南。
そんな並びで落ち着いたところで、久瑠実は言った。
久瑠実「みんなで手をつなごうよ。」
内心一番驚いたのは佳奈だったが、拒む理由もなかった。
それから、その並びのままみんなで手をつないだ。
祐樹の右手と佳奈の左手がつながれる。
その瞬間、祐樹の温もりが、
佳奈の冷たい手に伝わり、
同時に佳奈の全身に電気が走った。
それは、幸せと言う名の心地よい衝撃だった。
祐樹「佳奈の手は、相変わらず冷たいな。」
佳奈「祐君があったかいんだよ…」
やっぱり、祐樹のそばにいると落ち着く。
触れると、もっと落ち着く…
そんなことを佳奈は、改めて確認した。
それから4人は、近所にある公園に落ち着いていた。
それは、一通りの遊具が揃っている
新しくも古くもないただの公園だが、
幼い頃は、よく遊びに来ていた公園だ。
幼馴染みを育んでくれた公園。
久瑠実は、二つしかないブランコのひとつに座った。
それを見た那南が空いてる方に座った。
その辺の事は、那南もよく解っていた。
必然的に、佳奈と祐樹は、
ブランコを囲む手すりを椅子代わりにして、
並んで座った。
座るまでは、手はつないだままだ。
けれども、座ってから佳奈が手を離そうとすると、
祐樹は、ぐっと手に力を入れて離さなかった。
佳奈は祐樹の横顔を見たが、
祐樹はとぼけたように目を合わそうともしない。
久瑠実と那南が見てるのに…
そう思いながらも、
でも、佳奈もそのままにした。
このままの方がよかったから…
久瑠実がブランコをこぎ始めた。
キーコキーコと静かな夜に響いた。
久瑠実「やっぱ、ここが一番落ち着くね。ここが私たちのホームだもんね。」
那南「そうだね… うちの近くにも公園があるけど、こっちの方が馴染みがある。よく3人で遊んでたし、佳奈の家に来る事が多かったから… なんか、佳奈の家って集まりやすいんだよね…」
佳奈や久瑠実の前では、
普段からは想像できないくらいに那南も饒舌だ。
久瑠実「そうだね。お互いの家に何度も泊まりあってきたけど、佳奈の家が一番多かったな。那南の家は厳しいからね。何しろ本家だし。」
那南「まぁね… 本家なんて嫌だ…」
久瑠実「私の家の時も多かったけど、雰囲気的には、私も佳奈の家で3人がいる時が一番和んだなぁ。」
佳奈「なんで?」
久瑠実「解らないなぁ…」
解らないけど何となく…
そんな事はいくつかあるけど、
佳奈の家が落ち着く件もそのひとつだった。
そんな3人の何気ない会話を、
祐樹は黙って見守っていた。
久瑠実「今夜は、どうしようか。どうやって寝る?」
那南「私と久瑠実は佳奈の部屋でいいけど、祐君が1人になっちゃうね。」
祐樹「いいよ、俺は、リビングのソファーで。」
那南「それじゃさみしいし…」
久瑠実「第一、リビングのソファーは、先輩たちに占領されると思うよ。今頃、リビングでゲームとかしてるんじゃないかな? たぶん、徹夜でゲームだと思うよ。」
祐樹「そっか…」
すると、少しの沈黙の後で久瑠実が口を開いた。
久瑠実「じゃあ、4人で一緒に寝ようか!」
佳奈「え!?」
そう驚いたのは佳奈だけだった。
那南「いいよ。」
那南はあっさりと言った。
別に一緒に寝る事は初めてじゃない。
前からもあった事だ。
幼い時から最近まで、一緒に寝た事はある。
2人きりで寝た事だって。
でも、それは従兄妹だから許された事。
思春期前だから許された事。
今は、中学生になって、
思春期も迎えている。
戸惑う佳奈に、祐樹が振り向いて言った。
祐樹「佳奈、一緒に寝てもいい?」
そう言った祐樹は、事も無げだった。
そんな感じでそう言われたら、
佳奈は答えるしかない。
佳奈「いいよ。」
本当にいいの?…
そんな疑問を持ちながらの佳奈の返事だった。




