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 口も利けなくなった男に女性が言う。

「このように直接お顔を見て話すのは、大変礼儀破りなことではございますが、ここは都でなく、信濃の山里でございます。堅苦しいことはなしに致しましょう。わたくしもわけがあって、都から落ちぶれた身でございます。都からいらした方と聞いて、いてもたっていられなくなってしまいました」

 からすの濡れ羽色の長い髪は、さやさやと夕暮れの風にゆれ、翡翠のような青い袿には、白く精緻な卯の花が咲き乱れる。切れ長でありながらあたたかな眼差しに、柔和な微笑を湛えた紅い唇は、なよ竹のかぐや姫のそれであった。

 初めて貴人の女性を目の当たりにした男は、すっかり目を奪われて、顔を伏せることもできず、ただただ息もできずに内裏様を見つめた。

「どうぞ、都の話をお聞かせくださいませ。今宵は宴を催します」

 気付けば篝火が焚かれ、雪のように白い内裏様の顔に、妖しく赤みを添えていた。



 夜になり、闇を払うように火が焚かれ、宴がはじまった。男は身分に不釣合いなほどの、仕立てのよい狩衣を与えられ、身なりを整え、湯殿まで使うことを許された。里の娘が舞を披露し、酒、焼いた川魚、鳥の羹、さらには揚げ菓子までもがふるまわれ、男は久し振りの食事の豪華さに舌鼓を打った。

 どこからか、女房が琴を運んできて、内裏様がそれを爪弾くと、そこにいたものの全てが、おのずと黙り込むような、冴え冴えとした音が広がり、夜闇までもが耳を傾けるように思われた。あまりの音に、うかつな褒め言葉さえ口にできず、黙るばかりの男に、内裏様はただ微笑みかけた。

「どうぞ、都の話をお聞かせくださいませ」

 男はねだられるままに都の他愛無い話をすると、そのひとつひとつに、内裏様は耳を傾け、いかにも楽しそうに笑うのだった。

 話は男の家族に及び、男は懐からの小刀を出して見せ、故郷を懐かしんで語り始めた。

「これは妻の安産を祈願して、ある寺に通っていた時に、お坊様に頂いたものです。この小刀が魔を払い、安産を助けると。お陰で妻は息子をふたり、娘を一人、安産いたしました。遠く相模まで行くと決まった時に、魔を払う力があるならば、道中を御仏の力がお守りくださるだろうと妻が言って、私に渡してくれました」

「それは素敵ですね。ところで、どれほどの間、都を離れていらっしゃるのですか」

「三箇月になります。結婚してからも、このような身の上であって留守がちで、妻には迷惑をかけておりました。その上、この体たらくです。都に帰ることができるでしょうか」

 内裏様はまた琴をかき鳴らした。

「そうですか。どうぞ、御気のすむまでここにいらしてください。山奥といえど、今は夏で、食べるものに困りませんし、外の世界の話をしてくれる人にこそ、わたくしたちは飢えております」

 男は久し振りに酒を口にしたためか、いままでの疲れか、人里についての安心感か、早々に足がもつれ、早々と退席することになった。客間らしき西対に、お万につれられ畳に寝かされると、男はすぐに眠り込んでしまった。


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