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夏恋コーラ

掲載日:2026/04/20

老舗和菓子屋の夏は、戦場みたいに忙しい。


私は社員として、毎年その暑さの中にいた。

あんこを煮て、白玉を茹で、甘味処に出す小倉アイスを仕込む。


火を使う調理場は蒸し風呂のようで、額から流れる汗が止まらない。


そんな夏、社長が短期バイトを募集すると、店は急に明るくなる。


その中に、伊藤さんがいた。


同じ短期バイトの中でも、ひときわ明るくて、よく通る声で笑う女性だった。


昼休み、私はいつものように冷蔵庫からコーラを取り出した。

キャップを開ける。


「ポンっ!」


その音が食堂に響くと、彼女が振り向いた。


私がコーラを一気に飲み干すと、彼女は目を丸くして言った。


「すごーい!」


それが、最初の会話だった。


「コーラ、一気飲みできるの、すごいですね!」


「調理場、暑いからね」


「私は炭酸、一気に飲めないんだよね」


そんな、どうでもいいような話だった。


でも次の日も、その次の日も、

彼女は私の隣に座った。


「コーラ飲みすぎ注意だぞっ!」


そう言って笑う彼女は、看護師を目指して短大に通っていた。


「体に気をつけてよ」


ただそれだけの言葉が、妙に嬉しかった。


ある日、彼女にコーラの飲みすぎを叱られた。


「何このペットボトルの山!」


「一日二本だよ」


「うそだー。四本飲んでるって聞いたもん」


全部ばれていた。


彼女は呆れながら、私に烏龍茶を渡した。


「糖分すごいんだから、お茶にしなよ」


どうしてそんなに私を気にかけるのか、分からなかった。


でもその頃には、私はもう彼女を好きになっていた。


仕事終わり、出口で初めて見た彼女の私服姿が、思った以上に可愛かった。


その笑顔を見ただけで、疲れた体が軽くなる気がした。


ある日の仕事中、階段ですれ違った時だった。


「ねえ」


「なに?」


「私さ、今月でバイト終わりなんだ」


「そうなんだ…」


「学校始まるからさ」


「そうなんだ…」


彼女は少し頬をふくらませた。


「なんだよ!それだけかよ!」


その時、奥から呼ばれる声がした。


「伊藤さーん!」


「はーい!」


彼女は笑って、


「またね」


と言い残して走っていった。


蝉の声が少しずつ減り、夏の終わりが近づいていた。


私の飲み物も、コーラから烏龍茶に変わっていた。


そのことを彼女に伝えたくて食堂を探したが、その日、彼女はいなかった。


次の日も、その次の日も来なかった。


理由は聞けなかった。

聞くのが、怖かった。


三日後、ようやく仕事終わりに彼女と会えた。


出口には短期バイトの仲間たちが集まっていて、彼女はその輪の中にいた。


近づけないまま、視線だけが合う。


私は大きな声で言った。


「お疲れ様!」


彼女も笑って返した。


「さようなら!」


そして、被せるように叫んだ。


「コーラ飲みすぎるなよ!」


私は答えた。


「もう烏龍茶だよ!」


彼女は笑って言った。


「よろしい!」


------


「アイツ、今日来てるのかな?」


伊藤さんがぽつりと言うと、隣でお弁当を広げていたユキが笑いながら言った。


「冷蔵庫にコーラがあれば、来てるんじゃない?」


その一言で、伊藤さんはハッとした。


昼休みが終わるぎりぎりまで残り、最後の一人が食堂を出ていくのを待つ。


そっと冷蔵庫を開ける。


「あった…!」


思わず声が漏れた。


一本だけ残っていたコーラを見つめながら、慌てて書くものを探す。


「メモ、メモ……あった!」


そのまま駆け足で仕事場へ戻った。


けれど、気持ちだけは、まだ食堂に置いたままだった。


---


次の日、短期バイトの人たちは誰も来なかった。


昨日で、みんな終わりだったらしい。


昼休み返上で働いていた私は、何も知らされていなかった。


あとで、彼女も最後の昼休みに私を探していたと聞いた。

けれど、忙しさの中で、私たちは最後まで会えなかった。


忙しさの中で、私たちは最後まで会えなかった。


残暑の午後。

汗だくになった私は、久しぶりにコーラを飲もうと思った。


冷蔵庫を開ける。


なんだこれ?


コーラに、ポストイットが貼ってあった。


『コーラ飲み過ぎるなよ!わかった?』


「アイツ」と、私は心の中で思いながら「はい」とつぶやき、コーラを一気に飲み干した。


何故か今日は、少し炭酸が喉にきつく感じた。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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