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大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち

大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち③

掲載日:2026/04/10

大神殿。

婚礼係の控室。

男子禁制。


もらいものの長椅子が、やけに座り心地がいい。


「パイセン〜。私、自信なくしちゃいました~」


いつも思う。

無駄に多い後輩の自信は、いったいどこから湧いてくるのだろう。


「どうしたの、後輩。浮かない顔して」


「この前、ギルド長と部下の方が来たんですよ〜」


「ん、何か失敗したの?」


「冒険者ギルドと神殿の定例会議あるじゃないですか。あれだと思って、会議室にお通ししちゃったんですよ〜」


「ええ、それのどこが問題なの?」


「司祭さまが来られて、『本日はどの議題でしたかな?』っておっしゃったら」


後輩はそこで身ぶりまでつけて再現した。


「ギルド長が、『俺たちの結婚式の打ち合わせだ』って。顔、真っ赤でした。こわかったー」


私は吹き出しかけた。


「どういうこと?」


「いや〜、ギルド長と部下の方の結婚式の打ち合わせだったんですよ〜。しかも、わたしの案件だったみたいで〜」


知っとけよ。


「で、どう収拾つけたの?」


「わたし、すぐ謝って婚礼係の打ち合わせ室を空けようとしたんですけど、その日は予約が詰まってて〜。結局、司祭さまが『このまま会議室で続けますか』って」


「それで?」


「ギルド長、『場所はどこでも構わん』って」


いかにも言いそうである。


「でも、その部下の人は『よくありません』って言ったんですよ〜」


私は思わず笑った。


「へえ。それで?」


「パイセンに回しました〜」


「は?」


私は長椅子の背に頭を預けた。

なるほど。


婚礼係をしていると、たまにある。

どう見ても並ばなそうな二人が、妙に自然に一緒にいるやつが。


片や五十代の元英雄。

片や新人のギルド受付。


普通なら、そんな二人は結婚しない。

少なくとも、この時の私はそう思っていた。


「よし」


私は立ち上がった。


「今回は私がやる。あなたは横で見てなさい」


「え、いいんですか〜?」


「見本を見せてあげる。婚礼係とは何かを」


「パイセン、頼もしい〜」


そう言った時の私は、まだ少し自信があった。



「本日は大神殿までお越しいただきありがとうございます」


「先日は、こちらの不手際で申し訳ございませんでした」


私はきっちり一礼した。

神殿仕込みの角度、速さ、静けさ。

中身がどれだけ動揺していても、外から見れば品のよい婚礼係である。


横では後輩が、見習いらしく背筋を伸ばして座っていた。

見て学びなさい、という顔を私はしていた。たぶん。


部屋へ案内してから、私はほとんど花婿ばかり見ていた。


仕方がないのよ。

相手はあのギルド長だもの。

五十を過ぎた今も肩幅ひとつで周囲を黙らせる人で、声を荒げもしないのに「この場を決めるのは自分です」と顔に書いてある。


婚礼係としては新婦に気を配るべきなのだが、正直そこまで余裕がなかった。


「では、まずご婚礼日について伺います。ご婚礼日は巡礼暦に合わせますか。それとも魔物の繁殖期を避ける方を優先なさいますか」


私がそう言うと、ギルド長はすぐに言った。


「空いている日で構わん」


いかにもこの人らしかった。

余計なことを増やさず、まず全体を優先する。


「かしこまりました。では神殿側で――」


「よくありません」


静かだけれど、はっきりした声だった。


私はそこで初めて、新婦――いや、ギルドの受付嬢の顔をちゃんと見た。


ギルド長は少し黙った。


「……冬の終わりなら、比較的落ち着く」


受付嬢はすぐにこちらを向いた。


「では、その頃でお願いいたします」


「は、はい」


私は少し遅れて答えた。


横を見ると、後輩が真顔でうなずいていた。

やめてほしい。いまのは見本ではない。


「次に、ご列席は何名ほどをお考えですか。人族だけでなく、亜人、獣人、騎獣同伴の方は別にお知らせください」


「少なくていい」


今度もギルド長は即答だった。


「親族だけで足りる」


「かしこまりました。では親族席を中心に――」


「それも、よくありません」


受付嬢は、少しだけ眉を寄せてギルド長を見た。


「少なくていい、じゃなくて。呼びたい方、いるんじゃないですか」


ギルド長は指で肘掛けを一度叩き、それから短く言った。


「前ギルド長と、前線にいた頃の仲間には来てもらう」


「はい」


受付嬢はすぐにうなずいた。


「では、その方々のお席も含めてお願いいたします」


「は、はい」


また私が言った。

言ったが、進行しているのはどう考えても私ではなかった。


私は帳面を持っていた。

持ってはいたが、それ以外の主導権はじわじわ失われていた。


横で後輩が熱心に書き取っている。

何を学んでいるのか、少し怖い。


「次に、祝辞を賜る方にお心当たりはございますか」


ギルド長は真顔で、


「俺のは省いていい」


と言った。


私は一瞬、質問と答えが噛み合わずに目を瞬いた。


「で、では、祝辞はなしという方向で――」


「それも困ります」


受付嬢がぴしゃりと言った。


「省いていい、じゃなくて。来ていただきたい方、いるんですよね」


ギルド長は少し長く黙った。


「……さっき言った仲間に頼む」


受付嬢は小さくうなずいた。


「では、その方に」


「は、はい」


いつの間にか、私は婚礼係というより、非常に丁寧な相づち係になっていた。

大神殿としてこれでいいのかは、少し考えたくなかった。


横から後輩が小声で、


「パイセン、いまの“は、はい”に深みがありました」


と言った。


深みではない。

動揺である。


私は目だけで後輩を黙らせた。


「では、装花、灯火、幻影投影のご希望はございますか。なお、開放炎、実弾、召喚術は申請が要ります」


「簡素でいい」


「で、では灯火のみで整えまして――」


「簡素でいい、ではなくて」


受付嬢は、今度はほんの少しだけ困ったように息をついた。


「落ち着ける方がいいんですよね」


ギルド長はそこで初めて、彼女の方を見た。


「……派手なのは要らん」


「はい」


「式の後、少し休める部屋があると助かる」


受付嬢はうなずいて、まっすぐ私を見た。


「では、灯火は控えめに。式後の控室もご用意ください」


「かしこまりました」


私はその時、自分が進行役ではなく、ほぼ記録係へ降格していることをうすうす悟った。

神殿の婚礼係として由々しき事態だったが、内容が適切なので余計に困る。


横では後輩が、尊敬のまなざしでこちらを見ていた。

やめてほしい。

その尊敬、たぶん少し方向が違う。


私は最後の項目へ視線を落とした。

ここまで来ると、さすがにわかる。

私は進行では負けたが、見立てだけは外していないつもりだった。


「最後に一つだけ。大神殿では、誓いの前に“お相手のどのようなところに惹かれたか”を一言添える習わしがございます。差し支えなければ、お聞かせいただけますか」


こういう問いには、たいてい若い方が先に困る。

照れるか、詰まるか、笑ってごまかすか。だいたいそのどれかだ。


けれど先に口を開いたのは、新婦の方だった。


「簡単です」


抱えていた手に、少しだけ力が入る。


「この人は、誰より疲れているのに、誰より先に立つんです」


私は顔を上げた。


新婦は、もう緊張した新人の顔ではなかった。


「皆さん、この人はギルド長だから平気だと思ってるんです。でも平気なわけないです。それなのに平気みたいな顔をするんです。」


ギルド長は隣で少し眉を寄せた。


「……おい」


「事実です」


ぴしゃりと言い切った。


私は書きつける手を止めなかった。

止めなかったが、背筋は勝手に伸びた。


横から後輩が、今度は本当に小さく、


「パイセン、ここは深みです」


と囁いた。


うるさい。

だが、少しだけそうかもしれないと思ったのが悔しい。


「では、花婿さまは」


ギルド長は少しだけ黙った。

この人が黙る時は、答えがないのではなく、短くまとめようとしている時だと、もう私にもわかり始めていた。


「……この娘は」


娘。

その呼び方に、受付嬢がわずかに目を細める。


「この娘の前だと、ようやく帰ってきた気になれる」


私は一瞬、筆を止めた。


そういう答え方をするとは思わなかった。

もっとこう、面倒見がいいとか、真面目だとか、気が利くとか、そういう言葉が来るものだと思っていた。

けれどこの人は違った。


「どういうことでしょう」


思わず、婚礼係としてではなく、一人の野次馬として聞き返してしまった。


ギルド長は私を見ず、新婦の方も見ず、少し前を見たまま言った。


「俺が戻ると、こいつはまず座れと言う。茶を出す。書類は後だと言う。怪我をしていれば顔をしかめる。他の連中は、報告だ、判断だ、確認だと先に持ってくる」


それはそうだろう。

ギルド長なのだから。


「こいつだけは、まず休めと言う」


受付嬢は少しだけうつむいた。

けれど、口元はほどけていた。


「……座らせないと、ずっと立ってるので」


「お前が毎回そう言うからだ」


「毎回言わないと、毎回立ってるじゃないですか」


その言い合いは、言い争いには聞こえなかった。

何度も繰り返してきたやり取りにしか聞こえなかった。


私は帳面に目を落とした。


自信はだいぶ失った。

進行は奪われた。

ぐだぐだを後輩には見られた。

だが、最後の一文を整えるのは私の仕事だ。


「承りました。ではご紹介文は、少し整えまして――“花嫁さまにとって花婿さまは、誰より疲れていても誰より先に立つお姿を、心から尊敬しておられる方。

花婿さまにとって花嫁さまは、弱っている時ほど見過ごさず、その時に必要なものを迷わず差し出してくださる方”――このようにいたしましょうか」


新婦が先にうなずいた。


「はい」


それからギルド長が、短く言った。


「それでいい」


横で後輩が、じわっと感動した顔をしていた。

よかった。

少なくとも最後の一文までは、先輩の面目を保てたらしい。


私は帳面を閉じた。


「では本日は、こちらで以上となります」


普通、この二人は結婚しない。

最初、わたしはそう思った。


誰もがあの人の背中を見て、立派だと言う。

たぶん、それは間違っていない。


けれど、背中ばかり見ていると、削れていくものは見えない。

あの娘は、そこを見てしまったのだろう。

そして見てしまった以上、たぶん放ってはおけなかった。


英雄の横に必要だったのは、たぶんああいう娘なのだろう。

……そりゃ夫婦にもなるか。



―――――後日談


「パイセン〜」


「その声で来る時、ろくな用件じゃないのよ」


「私、会得しました!」


 嫌な予感しかしなかった。


「何を?」


「深みのある“は、はい”です」


 やはりろくでもなかった。


「後輩」


「はい?」


「お願いだから会得しないで」


「でも、この前の打ち合わせ、すごく勉強になりました」


「どの部分が?」


「主導権を失っていく先輩の気高さです!」


「気高さではない。事故よ!」


 後輩は神妙にうなずいた。まるで大事な教えを授かった顔である。

 その顔で間違った方向へ伸びていくのが、この子の一番困るところだった。


「見ててください」


「見たくないわ」


 後輩はすっと立ち上がり、見えない客へ一礼した。


「では、その方に」


 ひと呼吸。


「……は、はい」


 妙にうまい。


「どうですか」


「腹立たしいくらい完成度が高いわね」


「やったー」


 そこへ控室の扉が叩かれた。


「婚礼係さまー、次のお客様お見えですー」


 私は立ち上がった。後輩も立った。嫌な予感が立った。


「今日は見学だけよ。黙って横にいなさい」


「はい!」


 返事だけは元気である。そこが一番信用ならない。


 応接室へ向かう廊下で、後輩が小声で言った。


「パイセン」


「なに」


「もし進行が崩れても、最後の要約があります」


「縁起でもないことを言うのやめなさい」


「でも、パイセンの強みかなって」


「強みが限定的すぎるのよ」


 部屋の前で一度深呼吸する。

よし。今日は平穏に始めて、平穏に終える。深みのある“は、はい”など一度も出さずに済ませる。


そう決意して扉を開けた瞬間、後輩が営業スマイルで一歩前へ出た。


「本日はようこそお越しくださいました。こちら、進行が崩れても最後の一文だけは完璧な先輩でございます」


「やめなさい!」


 部屋にいた新郎新婦が目を丸くする。

 後輩もきょとんとした。


「でも事実ですよね?」


「最初から崩れる前提で紹介する婚礼係がどこにいるの!」


「差別化です」


「いらないのよ、そんな差別化は!」


 新婦さまが口元を押さえて震えていた。笑いを堪えている。

 新郎さまはたいへん気まずそうだった。

 私は一礼した。こういう時こそ角度、速さ、静けさである。


「失礼いたしました。大神殿婚礼係です。本日は最初から最後まで、責任をもって進行いたします」


 横で後輩が小さく感心した声を出す。


「強い……」


「黙りなさい」


 婚礼係というのは、つくづく難しい。

 新郎新婦が少しおかしい日もある。

 後輩の学習結果がだいぶおかしい日もある。

 そして私の胃は、その両方に公平に弱い。

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