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終業式の翌日、夕海と二人、スキー場に出かけた。
日帰りの予定で、開場三十分前に着いたが、すでに列ができていた。
「今日、暖かくて良かったね」
「日焼け止め持ってきたか?油断したらすぐ真っ黒になるで」
「SPF50のやつだから」
「それにしても。来年も一緒のクラスで良かったわあ。ほんまにうれしいわ」
三学期の最終日、翌年のクラス編成が発表されていた。
彼女には裏表がない。本心からの言葉に、感涙をどうにかこらえる。
「何なん。彩名はそうでもないんか?」
「そんなわけないでしょ。夕海と違って上品に育てられたから、感情がうまく出せてないだけ」
彼女がそれに反応しようとしたとき、すぐうしろから声がした。
「あー、やっぱり。自分、夕海やろ?ユーミサーガ。あたしのこと、覚えてる?」
振り向くと、派手なスノボウェアに身を包んだ大学生風の女性が、すぐうしろに男子を二人引き連れ、彩名の隣に笑顔を向けていた。
「円香さん?うわっ、めっちゃ久しぶりですやん。あーええなあ、デートですか」
「今、どこに住んでるんやったっけ?」
「長浜です。円香さんは、どこの大学ですか?」
どうやら以前に夕海が住んでいた家のご近所さんらしい。それから開門まで、二人はひとしきり昔話に花を咲かせた。
入り口で彼女たちと別れたあと、レンタルの受付へ向かう。
「三つ上やねん。円香さんが中学入るまでよう遊んでもろたんや。あんなんに見えるけど、実際はえらい真面目なんやで」
「何か変なあだ名ついてなかった?」
「あー、バレてもうた?小学校のときだけな。親が離婚する前の名字」
「だったら、わたしもユーミタムラって呼ぼうか?」
「何の変哲もない、うちの名前やんか」
準備を終え、リフトの一日券を買ってゲレンデに出ると、太陽の日差しに目がくらんだ。
「暑くなりそうだね。ちなみに、わたし、群馬出身なのに、スキーも子供の頃に一回くらいしかしたことないんだ」
「それはしゃーないやろ。愛知県の人かて、トヨタ以外の車に乗るんやから」
「それって、慰めになってるのかな」
「とりあえず一番低いリフト乗ろか」
初心者用のコースは、ほとんど平坦と言っていいくらいの、なだらかな斜面だった。
夕海に基本的な滑り方を教わりながら、最初は一メートルごとに尻餅をついた。
ようやく全体の半分ほどまで下ったときだ。
かなりの速度で、人が近づいてきた。
このままだとぶつかる。
きゃあと思わず悲鳴を上げたとき、ざっと雪がえぐれる音とともに、細かい氷がバラバラと降りかかった。
「ユーミサーガ、良かったら一緒に滑らへん?」
そう言ってゴーグルを外したのは、円香と連れ立っていた男子だった。
「円香さんと一緒なんと違うんですか?」
「入り口までな。車持ってるん、あいつだけやし」
「意味わからへん……のですけど」
ゴーグルで表情こそ見えなかったが、その声音で、彼女が不機嫌になったのはわかった。目を引く外見とは裏腹に、明治の人かと思うほど、筋の通らないことが嫌いな性分だ。
「いや、わかるやろ。あいつ、軽う見せてるけど、めっちゃ堅うて気い強いし。大して可愛いないのに」
「何なんですか、それ。ほな何で一緒に来たんです?だいたいうちら、二人でじっくり滑りたいし」
「滑るて。そっちの彼女は地面に穴を開けてただけやん。こういうのは、最初にちゃんと教えてもろうたほうがええと思うけどな。俺ら二人とも小学生のときから十年以上やってるし」
その言葉に、それまでずっと反発していた夕海が、返事に困る様子を見せた。その思考は、おおよそ想像できる。おそらく、親友の上達を最優先に考えてくれているのだろう。
彼女は無言で彩名に目を向けたが、目上の男子からの、強引な誘いを断るすべなど持ち合わせていない。
二人が答えなかったことで、同意したと思われたのか、結局、押し切られる形で、行動をともにすることになってしまった。
「早速林道コースに行こか」
「ちょっと待って。うちら初心者やし。もうちょっとここで練習したい……んですけど」
「心配ないて。それに多少の斜度がないと逆に滑りづらいで」
「そう……なんやろか」
彼らは、最初からそのつもりだったかのように、木々の林立する方向に向かった。
「坂がきついよ。わたし、無理だと思う……」
「安心しいや。俺も一緒に下りてスピード抑えるから」
そう言って、最初に声をかけてきたほうが、彩名の背中に移動し、腰のあたりに手を回してきた。
異性に体を触られた経験などこれまで皆無だ。拒絶しようとしたが、落ちる恐怖が上回り、抵抗できない。
「こっちのほうがええな。新雪やし、人もおらん」
どういう意図があるのか、二人は立ち入り禁止と書かれたロープをくぐり、コースとして整備されていないほうへと進み始めた。手を引かれていた彩名は逆らうこともできない。
木に衝突しないか、滑ること以外にも神経を使い、周囲の状況を確認する余裕すらなくなる。
そばで夕海が不安そうな表情をしていることだけはわかった。
しばらくして、ずっと上方で待機していたもう一人が、奇声を上げながら、木立ちの間を猛スピードで滑り降りていった。
それを避けようとした夕海が近くの木にぶつかる。同時に、大量の雪が落ちてきた。
「夕海、大丈夫っ?」
うしろに振り返った直後だった。
付近の雪の表面が、滑るように動き始めるのが見えた。
その流れは、彩名のところにも遅れてやってくる。地面とともに彩名の体が移動を始めた。
「え……何、これ」
それが何か、頭で理解するより先に声がした。
「雪崩やっ。逃げろっ」
すぐ近くにいたはずの男子が、落ちるより速い速度で視界から遠ざかっていく。
まともに滑ることのできない二人が残された。
「彩名っ、木に掴まってっ。はよっ!」
声に導かれるまま、近くの木を探そうとした瞬間、背中に猛烈な圧力を感じた。
体が押し倒され、一瞬で視界がなくなり、助けてと叫ぼうとした口に、大量の雪が入り込んだことを認識したのが最後の記憶だった。




