0-7
帰宅した玄関で、家族の物とは違う靴を目にした。
「ただいまー……」
そのまま二階へ上がろうして、リビングの扉が開いているのに気づく。
仕方なく顔を出すと、祖母が勢いよく立ち上がった。
「彩名ちゃん、待ってたんや。ほら、これ。物置から見つけてきたんやで」
そう言いながら、風呂敷から、汚れの目立つ布きれに包まれた何かを取り出した。
彼女とあまり話したくない理由の一つだ。
昔からマイペースで、相手の感情を察することをしない。
「何、それ?」
「扇子や。将棋の人はみんな持ってはるやろ?ほら」
「うん、ありがと。でも扇子くらい自分で……」
「彩名。おばあちゃんがわざわざ探して持ってきてくれたんだから」
「……わかったよ」
「彩名ちゃん、これな、代々伝わる家宝なんよ。扇子な。ほら、テレビで将棋してる人、みんな持ってるやんか。そやから、彩名ちゃんにあげなあかんて思うてな」
「うん、ありがとう」
「忘れたらあかんから、鞄に入れとこ。ほら、うしろ向いてみ」
祖母は彩名をくるりと反転させると、リュックを探り始めた。
「あとで自分で入れるよ」
「ええて。私がちゃんと忘れんようにな。ご先祖さまから伝わる大事な物なんやで。将棋するときは格好もつけんとな。さ、これでええわ」
首を傾げて父を見ると、黙って頷いた。
最近の不調を知っているらしく、彼女なりの気遣いであることには違いない。
「ありがとう。今度使うよ」
「そうや。立派な扇子で相手をびっくりさせたらええねん。うちは高貴な家柄なんやからな」
夕食の時間も、ずっとその話題だった。
名人クラスになれば、直筆の扇子が売り物になるのだと、父が余計な入れ知恵をしたせいで、習字の手ほどきをしてやると意気込む祖母をいなすのに一苦労した。
いつもより早めに食べ終え、逃げるように部屋に戻る。二時間ほどして、入浴のために一階に下りると、両親がダイニングテーブルで顔を突き合わせていた。テーブルの上は、食事を終えたときのままだ。
「おばあちゃんは和室?」
「ねえ、彩名から説得してくれない?」
「――二世帯のこと?」
「そうよ、そのために広めのお家を借りたんだから」
「いいけど……。おばあちゃん、今の家から離れたくないって言ってるんでしょう?」
「だから彩名にお願いしているの。孫から頼まれたら考え直してくれるかもしれないでしょ。少し時間をおいて、次、家に来たとき、それとなくその話を持ち出すから。そのときはお願い、ね」
「うん、わかったよ」
正直あまり乗り気ではなかったが、高校卒業と同時に、東京か大阪のどちらかに独り暮らしするつもりだった彩名に断る理由もなかった。




