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映画は、高校生の男女が、小さな出来事から互いに意識し合うようになり、その距離を少しずつ縮めていくという、青春恋愛物だった。
「良かったなあ。あんな男子、うちの学校におったらええのに」
複合商業施設を出て、二人で来るときには必ず入る駅近くのカフェへと向かう。
「わたしはもうちょっと積極的な子がいいな。ちょっとシャイ過ぎるよ」
「あー確かに。彩名とあの子やったら、永遠にきっかけが掴めんもんな。千日手になるわ」
「何、それ。めちゃくちゃ的確な比喩なんですけど。いつからそんなに詳しくなったの」
夕海はふふんと鼻を高くした。
「プロ一段前の友達がおるんやし、それくらい当然や」
「そこはプロの友達、で問題ないと思うけど――」
「そうや、一個教えてほしいねんけど、ええかな」
「将棋のこと?」
「うん。ネットで彩名の中継見てて、解説の人が使うてる、意味のわからん言葉があったんや。『詰めろ』って、詰みとは違うんか?」
「ほほう。ついにそこまで上達したんだ」
「もうええ。馬鹿にして」
「わあ、待って。冗談だから。えっと、詰みはわかるんだよね?」
「それくらいはわかる。王様がどこにも逃げられんようなったときやろ」
「そうそう。それで詰めろっていうのは、二度連続で手番がくれば、相手を詰みにできる状態のことなんだ」
「……わざと難しく言うてるやろ」
「そっか。だったらこういうのはどうかな。サッカーにたとえて、ゴールが詰み。で、シュートが詰めろ」
「えー。余計にわからん」
「つまり、ゴールするには、まずシュートを打たないといけないよね?」
「そうやな」
「ゴール、すなわち詰みは、シュートという状態を経て発生する。何度もシュートを試して、いつかゴールになるでしょう?逆に言えば、ゴールの前には必ずシュートがある。詰みの前に、詰めろという名前の局面がある。守る側は、シュートを打たれたら、つまり自分の王様が詰めろになったら、それを防がないと、次の相手の手番で詰まされて負けになる。どう?」
「まあ、何となく。サッカーはオウンゴールとかもあるけどな」
「将棋でもオウンゴールはあるよ。反則手。二歩とか、聞いたことない?」
彼女が、「二歩は知ってる」と、少し大きめの声を出した直後、遠くのテーブルから声がした。
「なあ、あれ、女流棋士の高月っていう子と違う?」
地元では有名人の部類に入る彩名には、珍しいことではなかった。今日は夕海と一緒という安心感もあり、眼鏡も帽子も付けていない。
そして、続けて放たれた言葉に体が硬直した。
「最近もう頭打ちなんやて。所詮、女子高生っちゅうことで、話題になっただけやったな」
そこまで露骨な批判を耳にしたことは、これまでなかった。
怖くて声のほうに顔を向けられない。
夕海が、眼の前で無表情に席を立ち、彩名の手を取った。
「そろそろそ行こか」
普段なら、「ごちそうさまでした」と、レジで笑顔を見せる彼女が、無言で店をあとにした。
早足で前を進み、彩名を引っ張る。しばらく行ったところで急に立ち止まった。
「今日は持ってへんの、変装の小物」
「映画館、暗いし大丈夫かなって。それに地元じゃないから」
「米原、彦根なんか完全に地元やん。もっと言うたら滋賀県民で彩名のこと知らん人、そうそうおらんのやで」
「そうなの、かな……」
帰りの電車、互いに会話の糸口が見えない。
頭打ち。まさに現状を表すのに最適な表現だ。
長浜に着く頃には、日はすっかり沈んでいた。
「寒っ。カーディガン持ってきて良かったわ」
「まだ三月なのに、半袖着てるからだよ」
「しゃーないやん。冬服は学校で着るんやし。それにほら、夏服を着た女たち、勝負を語るっていうやろ?」
「わたしが貸してあげた小説、そろそろ返して」
「な、それより帰りの電車で調べてたんやけど。まだ雪が残ってるみたいやで。北びわ湖スキー場。春休みになったら行かへん?」
「えースノボ……?わたし、やったことない。ウェアだって持ってないし」
「全部レンタルできる。うちかて三回くらいしかやったことないって。お姉ちゃんの名言、一個教えたろか?」
「名言?何?」
「スキー場では顔を指されない」
いつものように、彼女の思いつきで予定が決まった。
盤上では、判断を助けてくれる者はどこにもいない。
その反動か、普段の生活では優柔不断な部類の彩名にとって、やや強引ともいえる親友の性格は心地良く感じることが少なくなかった。




