9-10
土曜日、研究日で名古屋に向かった。
入り口を抜け、ロビーを入ったところで兄弟子の三雲から声をかけられた。
兄弟子といっても三十以上の年上だ。
彩名と三雲の師匠は関東在住で、彼には弟子がその二人しかおらず、同門の彼は、ほとんど身内と言っていい存在だった。子供がいないこともあって、彩名のことを娘のように可愛がってくれている。すでに引退していたが、今は愛知に住んでいることもあって、研究会のある日は将棋会館にたびたび姿を見せていた。
「高月くん、先週君に聞かれた件なんだけど」
「三雲さん、おはようございます。先週って……何のことでしたっけ?」
「醉象だよ」
そういえば、立ち話で話題にしたんだ。
そのときは詳しいことは知らないと言われたが、調べてくれたのか。
「まあ、そもそも将棋の歴史があいまいだから、はっきりしたことはわからないんだけどね」
囲碁は奈良時代あたりから、かなり詳細な記録が残されていて、源氏物語などにも描かれているが、将棋はなぜか記録がほとんど現存していない。そこは将棋指しとして、数少ない不満だった。が、今回の体験で、その理由がぼんやりわかった気がする。
おそらくは、賭け事の道具としてだけ、長きにわたって利用されていたのではないだろうか。現代で言えば麻雀のような、そんな立ち位置だ。
「それでくだんの駒だけど、どうやら室町時代の後期に廃止されたらしいよ」
「え。室町……の後期ですか?それって十六世紀中頃ですよね?」
「さすが現役女子高生、よくわかるね」
「実は四ヶ月ほどその時代で暮らしてたんですよお」
喉元までそう出かけて、どうにか耐えたとき、三雲から続けられた言葉に意識が集中した。
「廃止を命じたのは後奈良天皇ということになっているみたいだね。少なくとも記録にはそう残っているんだって。ただ、それも眉つばらしくてね。というのも天皇自ら将棋のルールを決めるというのもおかしな話で――」
あのときだ!
あのとき、綾が進言したことを覚えていてくれたのだ。
歴史に関与したのではないかという、罪悪感と高揚感が入り交じったような不思議な感覚に襲われた。
丁重に礼を述べ、一階の売店に向かう。
研究会まではまだ時間がある。将棋の歴史についての書籍を探し、図書のコーナーを歩いていたときだ。
心臓がどくんと脈打った。
何だろう。今、とてつもなく気になる文字が――。
一冊の本に手が伸びる。『名人の歴史。大橋宗桂からの系譜』とあった。
将棋に名人位ができたのは確か江戸時代。
当時は世襲制で、大橋宗桂は、実力制に移行するまで、何度も襲名された名前だ。
初代についてのプロフィールを見た。
生年、1555年3月。
それは彩名がいた年の翌年。
父、大橋宗也。
すなわち、小春の恋人の名。
彼女と出会ったとき、すでにおなかには宗桂がいたのか。二人は、その後、無事に結婚したのだ。そして生まれた子に将棋を教えた。
綾に代役を願い出たときの彼女の真剣な眼差しを思い出し、そのときの心中を思って涙が出そうになった。
売店には一般の客が数人いる。慌ててハンカチを取り出し、目元を押さえていると、初老の男性と、その孫とおぼしき小学生くらいの男の子が歩いてくるのが見えた。
「ねえ、君。将棋の名人制の礎を作ったのは、何と、このわたしなんだよっ」
「ええっ、そうなんですか?!それはすごいことです!サイン下さいっ」
などとは、絶対にならないな。
こんな世迷い言を真面目に聞いてくれるのは、夕海くらいだ。
「名人位に愛された女っちゅうことやん。うち、剣道やめて本気で彩名のマネージャーやろうかな」
彼女がそばにいたなら、そんな冗談を言って笑わせてくれるだろうか。
もっとも、名人を目指すより前に、まず、プロになる必要があるのだが。




