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9-8

 次の日、授業のあと、県立の図書館に向かった。


 公卿の系譜という、平安から江戸時代までの名家の家系図が記載されている専門書を調べるためだ。


 学校から二時間かかり、着いたのは閉館間際の時間だった。


 ほとんど人のいなくなったテーブルに分厚い本を広げ、ページをめくる。


 三条家――。


 あった。


 冒頭に、三条には主家で清華家の転法輪と、庶家で大臣家の正親町がある、と記載されていた。


「ふむ。常識ね」


 千五百年代中頃の正親町――。


 最初に見つけたのは、三条実教という名だった。


 正親町に生まれ、本家の嗣子になったとある。そして、1554年に十六歳で亡くなっていた。おそらく賭け将棋で敗れた少年だろう。


 つまり、それが彩名のいた年でもある。


 彼の兄は実福。1536年生まれの正親町。1552年に右近衛中将を拝任。


 あのとき十八と言っていたから、彼に間違いない。


 その没年を見て暗い気持ちになった。こちらも、三十六歳で短い生涯を終えていたからだ。


 ただ、幸い彼には子供がいた。1557年に生まれている。妻については何の記載もなかった。


 多くの貴族がいる中、さらに三条だけでも長い長い系譜の中のたった一人だ。妻がいて、子がいたことがわかっただけでも十分だ。


 本を閉じようとして、他の貴族のページにはない注釈が、欄外に記載されていることに気づいた。


 転法輪の本家は、実教の死後十五年間絶家になったとある。


 屋敷を奪われたあげく、あんな呪われた事件が起きては、それもやむを得なかったのだろう。


 必要なページの写真を撮っていたとき、家系図の最後が目に入った。


「三条って、色んな名字に変わって、今も血筋が残っているんだな。嵯峨って、最近どこかで聞いたような……」

「お客様、閉館ですのお急ぎ下さい」


 その声に、慌てて本を元の場所にしまい、建物をあとにした。



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