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9-7

 放課後、彩名は図書館の日本史のコーナーにいた。


 前日のうちに、夢のことはほとんど思い出していた。


 いや、夢というにはあまりに現実味を帯びている。


 そして、もちろん現実のはずがない。


 本を数冊借りて帰宅した。


 六時を過ぎて、夕海がやってきた。


 何を言われるのかと、無言で正座し、彩名の動きを注意深く追っている。


 それまで調べたことを書いたノートを手に、前に座ると、彼女の喉が動くのが見えた。


「やだな、そんなにかしこまらないでよ。すぐに信じてもらえるかわからないんだけど……。病院で寝てる間に見た夢のことなんだ――」


 それから、大津で目覚めてから祇園祭までの出来事を語って聞かせた。


 夕海は物語に引き込まれたのか、途中から半身を乗り出していた。


「それでね、気づくとそこは病院で、夕海が手を握ってくれていたの」


 そこまで話したところで、彼女は興奮気味に口を開いた。


「前世の記憶とはちょっと違うな。あっちでは現代の知識があったんやろ?」

「うん、そうなるね」

「向こうで知り合うた人の名前、覚えてるんやったら、調べてみたらどうやろ」


 ノートを開いて彼女に差し出した。


 伏見から松永まで、覚えている限りの名前が一覧されている。


「へえ、すごいやん。この横に丸が付いてるんは?」

「昨日と今日、調べて実在した人」

「後奈良天皇がお父さんやった人?」


 知仁という名の皇族は二人いた。しかし天皇になったのは後奈良天皇一人だ。


 そして、その御代は1525年から1557年。


 聞いたことのない天皇だったが、意外にも、在位期間で歴代八位、そしてその清貧さでは比類のないレベルだったらしい。


「どうせなら、お姫様としてもっと贅沢したかったな。部下も一人しかいなかったし」


 ある程度は期待していたが、夕海はまるで馬鹿にすることなく、真剣に物語を聞き、そして受け入れてくれた。


「細川って、室町時代の有力者と違うたっけ?」


 確か伏見が氏綱の名を口にしていた。


 彼が管領でいた期間は1552年から1563年。


 つまり、この二つが重なる期間、1552年から1557年のどこかの四ヶ月が、向こうに呼ばれていた時間ということになる。


「あとは三好に松永?知らんなあ」

「その人たちは氏綱の部下で、安土桃山マニアの間では有名みたい」

「ほう。色んなマニアがあるんやな」


 しばらくして、夕食の準備ができたと母の呼ぶ声がした。


 母は父の帰りを待つと言い、夕海と二人でテーブルにつく。


「向こうではどんな食事やったん?」


 彼女は居間を気にしながら小声になった。


「今とそんなに変わらないよ。お魚とか普通に食べられたし。たいてい干物だったけど。お肉は、猪とか鴨だったと思うけど、それがたまに。白米は五日に一度とか、そんな感じかな。あ、でも宴会のときには必ず出てた気がする」

「宴会っ?」


 夕海の声が裏返った。


 彼女は慌てて口元を押さえ、再び声を低くした。


「彩名が宴会に出てたん?まさかお酒飲んだん?」

「いや、さすがにそれはなかったけど。それに宴会っていっても、ずっと御簾の中にいるだけだし」


 あれはあれで、特別扱いされた感じが悪くなかったのは確かだ。それでも自由にどこにでも移動できる今のありがたさを痛感せざるを得ない。


「肝心の伏見と綾の名前が見つけられんのやろ?」

「歴史の資料に女性ってほとんど名前がないんだね。誰々の妻とか娘みたいにしか」

「そういえば。退院してしばらくは夢の内容、覚えてなかったやろ?いつ思い出したん?」

「ああっ。一番重要な証拠を忘れてた。それだよ、夕海。褒めてあげる」

「ちょいちょいうちを下僕扱いするん、今後も続くんやろか……。えーと、それで大事な証拠って何?」


 扇子のことを伝えると、それまでもふざけることなく聞いていてくれたが、彼女は一層真剣な表情に変わった。


「それホンマなんか?もしそうやったら、えらいことやで。歴史の生き証人の物証があるんやろ?一生遊んで暮らせるやんか」

「そんなわけないじゃない。頭のおかしい人だって思われるよ」

「そやかて扇子が――」

「それが証拠だって、どうやって証明するのよ」


 食事を終え、部屋に戻ってリュックを探すが見つからない。


「あー車だ。置き忘れてる」

「そうなんか。まあ、しゃーないな。ちなみにどんな句やったん?」

「え。あー、それはいいじゃない。恥ずかしいから」

「今さら何が恥ずかしいねん。聞くまで帰らんで。お風呂も一緒に入るからな」

「それ、どういう脅しなの?まあ、いいけど」


 ノートに書いて差し出すと、彼女は一目見て、頬を朱に染めた。


「い、意味はようわからんけど。うちのこと、かな……?」


 その反応に、彩名も改めて恥ずかしさが込み上げる。


 二人が黙ると、あたりが急に静かになり、階下のテレビの音が遠くに聞こえた。


 彼女は所在なさげに髪をいじり、やがて思いついたように口を開いた。


「ほな、そろそろ帰ろかな」

「バス停まで送るよ」

「いらんて。うちはこれでも剣士やで」

「わたしだって棋士だけど」

「まあ、漢字が違えばナイトではあるな」


 そう言って笑い、彼女は家をあとにした。



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