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現代の祇園祭に一度だけ行ったことがある。
そのときとは比べものにならなかったが、それでも、人混みと露店で歩くのが困難なくらいだった。
もし巡行が現代と同じエリアであれば、鴨川はそう遠くないはずだ。そこまで行けば、帰り道はわかる。
雑踏に紛れて逃げ出せるかもと周りの状況を確認していたとき、家来の一人が綾の右側に移動してきた。左にいる松永には手を掴まれている。
左右とうしろを囲まれ、しばらくは人の流れに身を委ねるしかなくなった。
綾の背はそれほど高くない。
周囲の景色は人垣から垣間見える程度。
電気のない時代だったが、通りには明かりがあふれていた。
食べ物の匂いがそこかしこに充満している。
小学生の頃、家族で秋祭りに出かけたことを思い出した。
あのとき、浴衣がうらやましかった。
そして今、洋装の人間は一人もいない。
ここにきて三ヶ月以上、全てが仕組まれた物ではないかと、ときどき考えることもあった。
それももう、うたかたの幻想だ。
水無瀬の家には二度と帰れないのかと思うと、急に切なさが襲ってきた。
綾がこの体に戻ってきたとき、周囲が武士ばかりであれば、彼女はどう思うだろう。
大丈夫だ。きっと伏見がどうにかしてくれる。彼女を従者として雇うことは許されるだろうか。
そのとき。
ふと人波が途切れた。
横に抜ける小道が目に入る。
右隣の武士との間に通行人が入った。
わずかに首を傾げてうしろを確認すると、もう一人の姿も見えない。
酔っていたからか、握り疲れたからか、松永が手首を握る力が弱くなっていた。
秒読みの将棋で、最初に浮かんだ手が正解の確率はそれなりに高い。
迷ってはいけない。
手首を振りほどき、そのまま小道に駆け出した。
十秒も経たずに次の大通りにぶつかる。
そこには、これまでより、さらに多くの人がいた。
雑踏に突っ込むと、想像以上の混雑と人いきれの中でもみくちゃにされ、立っていることもままならない。
息ができない。
熱気と体臭で頭がぼーっとし始める。
そして。
誰かに手を掴まれた。
簡単に捕まってしまったと落胆しそうになり、その手の感触にどこか懐かしさを覚えた。




