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すっかり通い慣れた通り。京極とは違う庶民的な家並みにどこか安心する。彼女もきっと歓迎してくれるだろう。
相国寺周辺の次に、勝手を知った場所で、もちろんまるで警戒なんかしていなかった。
だから、突然誰かに腕を掴まれ、家と家の間の細い路地に引きずり込まれたときも、それが身に振りかかった災難だとすぐに判断できなかったのは、仕方のないことだと思う。
視界がなくなり、息苦しくなって、頭から何かをかぶせられたことを理解した。
声を出そうとして、布をうしろからぎゅっと絞られ、口を動かすこともできなくなる。
かろうじて呼吸ができることを確認したとき、ふわりと体が浮き上がった。
誰かに抱きかかえられている。
体をひねって抵抗しようとしたが、相手は大人の男のようで、強い力にまったく歯が立たない。
それから体全体が何かの袋に入れられた。
誘拐されたことを認識するのに、しばらくの時間を要した。
相手はおそらく僧侶だろう。負けた金を払いたくなかったのか、勝負に敗れた腹いせか。
調べれば綾が水無瀬にいることくらい、すぐにわかる。
それにしても、何かするつもりならどうして寺にいる間にしなかったのか、そんなことが思い浮かんだ。
助けを求めようと、必死に声を出そうとしたが、喉の奥で呻き声が漏れるだけだ。
それから、何かに乗せられた気配がした。
もし、殺されたら――。
綾に何と言って謝ればいいのか。
ダメだ。絶対に。
確かに、彼女はこの世界に絶望していたのかもしれない。
それでもこの数カ月、彩名を通して、わずかずつではあるが光を感じてくれている気がする。
そして何より。
伏見が、後悔で狂い死にしてしまうに違いない。
どうして外に連れ出してしまったのか。どうして綾を一人にしてしまったのか。
二人を同時に不幸にするようなことは、絶対に阻止しなくてはならない。
ああ。
どうしておとなしく歌の勉強をしておかなかったんだ。
科学的捜査も防犯カメラもない。
涙が顔を覆っていた布を濡らした。
恐怖と悔悟で体が震え、頭が空白になる。
ただ伏見の名前を頭の中で連呼した。




