6-4
彼女が戻ったのは夜更けだった。
こんなに従者と話がしたかったことはそうはない。
きっと喜ぶだろうと、昼間の出来事を伝えると、なぜか表情を暗くした。
「以前にもお話したかと存じますが。大納言殿は遊びに長けているという噂でございます。蹴鞠や歌合の腕前には帝も一目置かれているほど。おそらくは将棋もそうなのでしょう」
「そうなんだ。でも、あの状況で自分を守るにはそれくらいしかなかったの。お前がいないことがこんなに不安だとは思わなかったわ」
彼女は軽く会釈をして続けた。
「手合わせはいつ頃になるのでしょうか」
「さあ、どうかな。かなり酔ってもいたし、覚えていないかもしれないけど。それにもし負けても命まで取られるわけじゃないから」
無論、そんなことは絶対にないと確信していた。
だが、相手は大げさに肩を落とした。
「四辻公の側室ともなれば、私がおそばに控えることができなくなるかもしれません」
確かにそこまで考えてはいなかった。深い忠義に、その姿に胸が締めつけられる。
「伏見……。大丈夫だから。何があってもお前だけは手放さないって約束するから」
「きっと、坊主との将棋もできなくなります」
え。
何だか想像していた文脈と違うような。
「一応の確認だけど。わたしが大納言の元に行くと、お前は悲しいのよね?」
彼女はしばらく口を開けて綾を見つめていたが、戸惑ったように返事をした。
「自由に出歩くことは難しくなるでしょうし、となれば、これまで準備してきた段取りが、ご破算になってしまいますから」
「へえ……。つまり、主の結婚問題より、お坊さんへの復讐のほうが気になるってことか。わたし、ときどきお前が何を考えていのか、わからなくなるの」
「それは私めも同じにございます」
真顔でそう返され、思わずあははと声を立てて笑うと、相手も口角を上げた。
主従関係であっても、冗談を言い合える距離感、というよりは信頼感が、彩名になってから、少しだけ深まったという自負がある。
それが綾のためになっているのだと、今は信じるしかない。
「それで、そっちの首尾はどうなの?何かわかった?」
「ええ。月に二度、寺に人を集めているようです」
「集めるって、法会か何か?」
「いえ。賭場を開いているという噂で」
「トバって……。賭場っ?お坊さんが?神聖なお寺で?」
「本堂が丁半博打をするのに適しているとか……」
今の住職たちが聞いたらさぞ怒るだろう。
そして彼女は声を低くした。
「それとは別に、個別の依頼にも応じているようです」
「それってつまり――」
伏見は頷いた。
「次はいつなの?」
「毎月、一と十五の日だそうです。すなわち、十日後になりますが……」
そこまで口にして、その瞳は憂いを帯びた。
「勝負を――引き受けて下さいますか」
どこまで親密になったとしても、姫宮の側仕えとして、そんな言葉を口にすることには抵抗があったに違いない。
「もちろん行くから。それで、必ず勝つ!」
彩名になって三ヶ月ほど。綾としては八年だ。
自身の力で彼女の恩に報いることができるのなら、それをためらう理由などなかった。




