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4-4

 夕方、やつれた表情の伏見がやってきた。


「いくら朝が苦手だからって……。今、起きたの?」

「はい、申し訳ございません」


 あまり他人の人生には関心がなさそうだったが、さすがに前夜のことは堪えたのか。


 そして、小春のことを伝えると、さらに顔が暗くなった。


「とても朗報とは申せない事態で……」

「それはつまりどういう意味?」

「おそらく、十日というのは相手方が真剣師を手配するためかと」


 右大臣の屋敷の庭にいた男を思い出した。


 賭け事の持つうしろ暗い気配に吐き気がする。あんな類いの人間に、人生の岐路での命運を握られるなんて、彩名なら到底耐えられそうにない。


 その夜、思い悩んだ。


 真剣師の実力はいかほどなのだろう。


 将棋であれば、小春の手助けをできるのではないか。


 だが、敗れることは絶対に許されない。


 うっかり二歩をした瞬間、小春と恋人の人生が終わる。


 そもそも、チェスクロックも立会人も中継カメラもない中で、公正な戦いが保証されるのだろうか。


 敗色濃厚となった相手が、勝負をなかったかことにするのはあまりに簡単ではなかろうか。


 土下座し、震えていた少年貴族がまた頭に浮かんだ。


 同い年くらいだった。


 家の跡取りとして、断る道はなかったのだろう。負ければどうなるのかわかっていた。


 そんな極限の状態で、触れた駒はどんな手触りだったろうか。想像しただけで、体温が急降下した。


 この体が死ねばどうなるのだろう。彩名として、現代に戻れるだろうか。


 ――ダメだ。


 綾はまだ、何一つ彼女の人生を歩んでいない。


 部屋を抜ける風に、明かりが揺れ、伏見が生けてくれた、くちなしの花びらが一枚散った。


 人の命があんなにも簡単にやり取りされる世界。


 花器の切り花のように弱く不安定な彩名に、できることなどほとんどない。


 そうだ。


 他人を救おうなんて傲慢なのだ。


 決して臆病などではなく、正当な判断だと結論付けると、少しだけ心が落ち着いた。



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