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夕方、やつれた表情の伏見がやってきた。
「いくら朝が苦手だからって……。今、起きたの?」
「はい、申し訳ございません」
あまり他人の人生には関心がなさそうだったが、さすがに前夜のことは堪えたのか。
そして、小春のことを伝えると、さらに顔が暗くなった。
「とても朗報とは申せない事態で……」
「それはつまりどういう意味?」
「おそらく、十日というのは相手方が真剣師を手配するためかと」
右大臣の屋敷の庭にいた男を思い出した。
賭け事の持つうしろ暗い気配に吐き気がする。あんな類いの人間に、人生の岐路での命運を握られるなんて、彩名なら到底耐えられそうにない。
その夜、思い悩んだ。
真剣師の実力はいかほどなのだろう。
将棋であれば、小春の手助けをできるのではないか。
だが、敗れることは絶対に許されない。
うっかり二歩をした瞬間、小春と恋人の人生が終わる。
そもそも、チェスクロックも立会人も中継カメラもない中で、公正な戦いが保証されるのだろうか。
敗色濃厚となった相手が、勝負をなかったかことにするのはあまりに簡単ではなかろうか。
土下座し、震えていた少年貴族がまた頭に浮かんだ。
同い年くらいだった。
家の跡取りとして、断る道はなかったのだろう。負ければどうなるのかわかっていた。
そんな極限の状態で、触れた駒はどんな手触りだったろうか。想像しただけで、体温が急降下した。
この体が死ねばどうなるのだろう。彩名として、現代に戻れるだろうか。
――ダメだ。
綾はまだ、何一つ彼女の人生を歩んでいない。
部屋を抜ける風に、明かりが揺れ、伏見が生けてくれた、くちなしの花びらが一枚散った。
人の命があんなにも簡単にやり取りされる世界。
花器の切り花のように弱く不安定な彩名に、できることなどほとんどない。
そうだ。
他人を救おうなんて傲慢なのだ。
決して臆病などではなく、正当な判断だと結論付けると、少しだけ心が落ち着いた。




