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歌合の当日。
六月に入ってからは、日に日に気温が上がっていた。
京都の夏は暑いと言われているが、どうやらその伝統はこの時代でも変わらぬらしい。
肌着が絹でできているとはいえ、体にまとわりつく湿気をなかったことにできるだけの性能は、さすがに持ち合わせていないようだ。
梅雨空も佳境で、とても外出する気分になれない。
「ねえ、ちょっと扇いでくれない?」
化粧や着替えに現代とは比較にならない時間が必要となる。
伏見が朝から出かける準備に忙しそうなのはわかっていたが、あまり気乗りがせず、ついそう声をかけてしまった。
だが、まさか拒絶させるとは予想していなかった。
「お断り致します」
しかも即答だ。しばらく、無言の二人の視線が交差する。
「え……と、聞き間違いかな?主人の指示なんだけど――」
「扇げば、今度は私が汗まみれになってしまいます」
「それって、理由になってないような――」
「そんなことより、早くお着替えを」
まるで聞く耳を持たない態度に、反抗心が起きた。
「外に行くなら、先に湯浴みをお願い。この暑いのに、もう三日もさせてもらってないんだから」
彼女はわざとらしくため息をつくと、芝居がかって答えた。
「かしこまりました。では、娘を水汲みにやらせましょう。ほんの五回も往復させれば、綾様に満足していただける量の水が手に入るでしょう。きっと、汗だくの泥だらけになりますが。ああ、可哀想に。最近、髪が傷み始めていると、嘆いていたというのに」
女童は、水汲みをするとき、桶を頭に載せて移動する。その姿が気の毒で、庭に井戸を掘れないのか、先日、伏見に尋ねたばかりだった。
返事をできない彩名に、伏見は勝ち誇った表情を見せていたが、やがて綾の前に両膝をついた。
「気負われる必要はございません。主催も列席の大半も、武家の者たちです。多少、綾様が汗臭くても、私にとっては連中のどんな高価な香炉よりも、芳しく感じることでしょう」
その真意が仮に綾を説得するための追従だったとしても、そう言われては返す言葉がない。
仕方なく着替えに応じていたとき、今日が、あの日から五日目だということを思い出した。
「ね、行く途中に立ち寄ることってできないのかな。小春さんのところ」
「今日は忍びではございません。車で向かうのはさすがに難しいかと。ただ、ご下命とあらば、女童を使いに出しますが」
「そうしてもらえるかな。伏見も状況を知りたいでしょう?」
「いえ、私は特段そのようなことに興味はございませんが」
本心を隠すことが、貴族階級の美徳だとしても、主に向かって平然と嘘をつく姿はどうかと思う。




