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3-4

 御簾の向こうに現れたのは、なるほど、イケメンな青年だった。


 現代であれば、大学生くらいか。細面で肌は白く、眉は濃い。どこか憂いを帯びた表情で、漫画のキャラで表せば、病弱で薄幸な主人公といったところだ。直衣や烏帽子のセンスもあかぬけている気がして、とりあえず、大納言とは何もかも比べものにならないことだけは確かだった。


 彼の登場のあと、体温が上がった気がする。加えて、心臓がドキドキしているような。


 小学生の頃、男子を好きになったときと似ているが、目の前の相手は、外見や、その雰囲気が彩名の好みとは違うのだ。


 不思議に思う中、彼は最初に挨拶をしたきり、何かを話す気配がない。不機嫌そうに口を尖らせている。


「あの……お年を伺ってもよろしいですか?」


 沈黙に耐えられず、仕方なく彩名から声をかけた。


「十八にございます」


 ぶっきらぼうに答えたあと、小さくため息をついて続けた。


「内親王殿下に置かれましては、このような茶番をどのようにお考えですか?」

「え……と、茶番、ですか?」

「私めはまだ若輩です。妻をめとるような身ではございません。そもそも見合いとは武家の作法だというのに。しかしながら、家の都合もございますれば」


 ああ、なるほど。彼も不本意ながら連れて来られたということか。


「中将殿でしたら、もういい方がいらっしゃってもおかしくないのでは。女人たちの間でも評判のようで」


 普段感情をほとんど見せない伏見が、あれほど浮かれていたのだから。


 だが、彼は目を伏せ、二度首を振った。


「かような時世です。色恋に明け暮れるなど、特に立派な官職のお立場の方であればなおさら、感心できません」


 げっ。四辻が来たことをもう知っているのか。


「あれは、その、義父の顔を立てたのです。決してわたしが望んだということではなくてですね――」


 慌てて言い訳すると、綾も同じ境遇であることに共感したのか、訪客はようやく緊張を解いたように見えた。


「先ほど、私めをお褒めいただきましたが、殿下こそ引く手あまたです。今回、父は相当に根回ししたようですから」

「そうなんですか?わたし、あまりいい評判が立っていないはずなんですけど」


 確か、呪術師ということにされていたはずだ。


「それが逆に神秘性を増していらっしゃいます。今日、お話して普通の方だったので、少し安心しましたが」


 水無瀬の家にいたとしても、綾との婚姻は天皇と外戚になることに違いないと、伏見から聞かされていた。


 にもかかわらず、広橋の家では、ほとんど外界と隔離状態で過ごしていたとも聞いている。


 そんな複雑な事情で、奇っ怪な噂が広まってしまったのだろう。


 いずれにしても、今の話が本当なら、義父はあれでも綾の盾となってくれているということか。


「ところで、中将殿は、今度の歌合には、参加されるのですか?」


 ホームパーティで、和歌の読み合いをするなどと、令和の感性ではついていけない。伏見に教えを請うているが、彩名の成果に、彼女は毎回深いため息を出すばかりだ。


 せめてその場に一人でも知り合いがほしいと、その程度の意図で問いかけただけだったが、彼は、外からわかる程度に表情を暗くした。


「もちろん、同席いたします」


 そう答えた声調は、かすかに震えていた。


 何かの負の感情を押し殺したような目の光。ただ、それは彩名が過去に経験をしたことがない、そんな何かだ。


 相手が返事に困っていることを察したのか、三条は不器用な笑顔を見せた。


「西園寺公は武家とも交流が深く、出席者の多くはそちら側の人間です。連中は私たちとは違う価値観の人間ばかりですから、大納言殿が仏に思えること、請け合いですね」


 最後に軽口を言って、前回とは違い、まだ話し足りないと感じているうちに、彼は帰っていった。


 一人になり、声をかけるより早く伏見がやってきた。


「ねえ。あの日、この場所にいたのって、わたしと四辻公の二人だけだったはずだよね?」

「左様にございます」

「だったら、どうしてお見合いのこと、他の人が知ってるのよ」

「私にはわかりかねます。身分が低うございますゆえ」


 普段は対等以上に接しているくせに。


 いつの時代においても、噂は女たちによって広められるらしい。逆に伏見経由で他の貴族たちの情報を知ることも少なくなく、一方的に責めるのは、確かに不公平ではある。


 もっとも、そんな、プライバシーという概念がまるでない状態だったにもかかわらず、居心地の悪さをあまり感じないのは不思議な気分だ。


「歌合か。憂鬱だなあ。断れない、よね?」

「右大臣は、腹の中が読めぬお方だと伝え聞いております。御所を軽く扱われているという、芳しくない評判も。ここは、素直に従うのが吉かと存じます」


 歌が苦手であること以外にも、前向きになれない理由がある気がしたが、このときはそれが何か、まだわかっていなかった。



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