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水無瀬の住人となって半月ほど、習い事を始めるのだと、一方的に告げられた。
書き物は、数日前から親氏の手伝いをするようになっていたが、さらに伏見から和歌を学ぶのだという。それ以外にも、彼女の知り合いの女房たちからは香や琴。
以前の綾は、五分と畳に座っていることができず、そんな作法とは無縁だったらしいが、中身が彩名に入れ替わってから、ようやく落ち着きがでてきた、という評価になったらしい。
もっとも、過去の悪評のせいか、指南役を探すのに、ずいぶんと苦労していたようだ。
「お前はいつからわたしのそばにいるの?」
口にしてすぐ後悔した。いくら綾でも、そんなことを知らないはずがない。だが、伏見は特段気にする様子なく答えた。
「もう八年ほどになります」
「あ、そうなんだ……」
彼女は二十四だと聞いている。つまり、十六のときから、奔放という言葉では足りない姫宮に仕えていることになる。
「辞めることもできたでしょう?」
あまり深い意図を持って尋ねたわけでもなかったが、相手は、意味ありげな言葉を口にした。
「あのときの不敬を、一生かけてあがなうのだと、お誓いしたのでございます」
「あー……。あのことか」
確認する振りをしながら聞き出したのは、伏見が、綾の元に出仕して、一年ほどが過ぎた頃の出来事だった。
彼女が食事を運ぶ途中、何かに躓き、そばにあった屏風に料理をぶちまけてしまったらしい。それは天皇が綾のためにと高名な書道家に描かせた品だった。
物音に気づいた綾の母や他の女房たちが集まってくる。
まだ若かった彼女は、緊張のあまり、思わずこう言ってしまった。
「綾様が料理を屏風に投げつけられました」
誰もがそれをすぐに信じた。
全員が立ち去り、ほっとしたとき、廊下の先にいた本人が、じっと見つめていることに気づいたのだそうだ。
当時七歳だった綾は何も言わなかったという。
伏見はそこまで話すと、頭を畳につけた。
「内親王殿下に罪を着せてしまったことを、忘れたことはございません。そして、そのことを不問にしていただいたご恩も」
伏した頭の下で、細い指先がかすかに震えていた。
そっと彼女のそばに寄った。
「今日を限りに、もう二度とこの話題は繰り返さないから。ただ、一つお願いがあるの」
「何なりと……」
「わたし、外に出てみたい」
もう一度だけ、どうしても確認しておきたかったのだ。




