0-1
発車のアナウンスを聞いて、また気分が落ち込んだ。
「よりによってひかり663号とか……。神様は意地悪だ」
通路を隔てた席に着いた会社員風の男性が、テーブルを引き出し、おつまみをいくつか並べると、中からチーズ入りのちくわの封をうれしそうに切った。
そこかしこで聞こえる缶ビールを開ける音。
仕事終わりのお酒というのは、そんなに美味なのだろうか。
あんなもので一日がチャラになってくれるのなら、どれだけかありがたいことだろう。
イヤホンと赤い縁の伊達眼鏡を付け、深緑色のキャスケット帽子を目深にかぶり直して、彩名は目を閉じた。
同時に終盤の局面が、脳裏に浮かび上がる。ずっと優勢だったはずだ。相手の表情からもそれは間違いない。
6六飛に6三歩と打ったのが敗着だった。しっかりと、香車で先手を取っておけば簡単だったのに。
持ち時間は八分もあった。時間を与えないようにと、手拍子で指してしまった。
帽子の上から頭を抱え込む。
音楽はいつもランダム再生だ。今かかっているのはあまり好きではない曲だった。
「運が悪いのかな……」
帽子をテーブルに置いて窓に頭をつける。外は暗く、すぐに焦点がガラスに合い、目にしたのは自身の顔だ。
最近の不調をどうにかしたくて、しばらく伸ばしていた髪を肩上まで短くしてみたが、何の効力も発揮しなかった。長さの揃った前髪が、走行の振動で小刻みに揺れる。
曲をスキップしようと、ポケットに手を突っ込み、指先に触れたのは勝守と書かれたお守りだった。
ディズニーランドに行ったついでだと田村夕海は笑っていたが、鹿島神宮との距離は経路検索によれば片道三時間近くだ。
「ホント、なんであんな手、指しちゃったんだろ」
序盤の失着なら取り返しもできる。
一局の中でミスをする回数が毎回同じだとして、どうして、大事な最終盤で犯してしまうのか。
「いっそのこと、最初のほうでわざと間違えてみるとか」
馬鹿げたアイデアに一人自嘲した。
次に流れたのは比較的好きな曲だった。
東京での対局のときは前泊だ。ただ、一人でホテルというのにはまだ慣れず、睡眠は足りていないのだろう。
頭で歌詞を繰り返しているうちに、眠ってしまった。




