三位一体の証明
「……試練、ですか」
俺の言葉に、鍛冶神グラン・ドワーノンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
その笑みは、まるで悪戯を思いついた子供のようでもあり、獲物を見つけた老獪な狩人のようでもあった。
「そうだ。俺の工房にはな、ワケあって動かせなくなった古い仕掛けがある。お前たちがそいつをもう一度動かすことができたら依頼の話くらいは聞いてやってもいい」
彼は俺たちを値踏みするように、順番に見ていく。
その視線は、俺、デュラン、そしてリナの上でそれぞれ一瞬ずつ意味ありげに止まった。
「ただし、条件がある。手を出せるのは、お前たち三人だけ。俺は一切手も口も貸さん。どうだ? やってみるか、この不可能とも言える試練に」
デュランが、一歩前に出た。
彼の瞳には、もう迷いの色はない。
「……望むところだ。どんな試練だろうと超えてみせる」
「フン、威勢だけはいい。まあ、せいぜい頑張るんだな」
グランはそう言うと、俺たちを工房の中へと招き入れた。
♢
工房の中は、巨大な洞窟そのものだった。
天井は高く、壁には無数の工具や作りかけの武具が掛けられている。
そして、中央に鎮座していたのは巨大な溶鉱炉。
しかし、その炉には火が入っておらず、まるで死んだ巨人のように冷たく静まり返っていた。
「試練は、単純だ」
グランはその溶鉱炉を指さした。
「あの『心臓炉』に、もう一度火を入れる。それだけだ」
「……それだけ、ですか?」
俺が聞き返すとグランは肩をすくめた。
「ああ、それだけだ。だがな、小僧。あの炉は、ただの炉じゃねえ。古代の魔法で封印されていてな。正しい手順を踏まねえと、永遠に火が入ることはねえ。ワケあって、俺もその手順を忘れちまってな。さて、どうする?」
彼は面白そうに俺たちのことを見ている。
これは、ただの力試しではない。
知恵と、観察眼、そして、俺たちの持つ「本質」を試すための巧妙な試験だ。
デュランが、炉に近づきその構造を調べる。
リナは炉から放たれる微かな魔力の残滓を感じ取ろうとしているようだった。
俺は、もちろん自分の武器を使う。
【未来価値鑑定】
対象は、巨大な「心臓炉」。
【対象:古代の心臓炉】
【現在価値:魔法で封印された、ただの鉄塊】
【未来価値:《天空鋼》を溶かし、神代の義手を生み出す《神々の竈》】
【封印解除条件:『清浄の乙女』が『真実の槌』で『楔の紋章』を打つこと】
……なんだ、このおとぎ話みたいな条件は。
だが、これがグランの言う「正しい手順」なのだろう。
問題は、三つのキーワードの意味だ。
「デュラン、リナ。少しわかったことがある」
俺は、二人を呼び寄せ鑑定結果を共有した。
「『清浄の乙女』『真実の槌』『楔の紋章』。この三つが鍵だ」
「清浄の乙女……? それは、まさか」
デュランの視線が、リナに向けられる。
リナは、戸惑ったように首を横に振った。
「私なんて……そんな、大それたものじゃ……」
「いや、リナ、君しかいない」
俺は彼女に力強く言った。
「君の祈りには、魔を退ける聖なる力がある。君こそが、この試練における『清浄の乙女』だ」
次に、『楔の紋章』。
俺は、炉の表面をくまなく鑑定し、ある一点に、肉眼ではほとんど見えないほど微かな紋様が刻まれているのを見つけ出した。
それが、楔の形をしていた。
「紋章は見つけた。残るは『真実の槌』だ」
俺たちは、工房の壁に掛けられた、何百本という槌の前に立った。
どれもドワーフの名工が作ったであろう、素晴らしい品々だ。
だが、この中の一つだけが「真実の槌」だというのか。
「デュラン、あんたの出番だ。元騎士なら、武器を見る目もあるだろう?」
「……無茶を言うな。どれも、俺が今まで見てきたどんな槌よりも上等だ。違いなんぞ、分かりゃしねえ」
デュランが、腕を組んで唸る。
だが、俺には確信があった。
「いや、あんたなら分かるはずだ。最高の使い手は最高の道具に引かれ合う」
「鑑定で答えを見るのは簡単だ。だが、これはあんたの試練でもある。あんた自身が、あんたの『相棒』を見つけ出すんだ」
俺の言葉に、デュランはしばらく黙っていたが、やがて覚悟を決めたように目を開いた。
彼は、一本一本、槌を手に取り、その重さ、バランス、重心を確かめていく。
その姿は真剣そのものだった。
十分ほど経っただろうか。
彼は壁の一番隅に埃をかぶって置かれていた、一本の小さな手鎚を手に取った。
それは、他の槌に比べて、何の飾りもない素朴でみすぼらしい槌だった。
「……これだ」
「なぜそう思う?」
「分からん。だが、こいつだけが、しっくりくる。まるで、昔から俺の体の一部だったみたいに、な」
その瞬間、俺はデュランに鑑定を発動させた。
【対象:デュラン】
【状態:『真実の槌』との共鳴を確認。条件の一部をクリア】
――当たりだ。
俺のスキルは、デュランが自らの力で正解にたどり着いたことを示していた。
♢
全ての準備は整った。
俺たちは、再び心臓炉の前に立つ。
「リナ、槌を持つんだ」
俺はデュランが見つけ出した「真実の槌」を、リナに手渡した。
彼女は、小さな手で懸命にその槌を握りしめる。
「デュラン、あんたはリナの後ろに立ち、彼女が槌を振り下ろすのを支えてやってくれ。ただし、力を込めるな。あくまで、支えるだけだ」
「……わかった」
「そして、俺が『楔の紋章』を指さす。リナ、君は、ただ純粋にこの炉が再び火を灯すことを祈りながら、その槌を振り下ろすんだ。できるかい?」
リナは、不安そうに俺とデュランを見た。
デュランは、彼女の肩にそっと手を置き無言で頷いた。
その無言の激励が、彼女に勇気を与えたようだった。
「……はい」
リナが、小さく、しかしはっきりと答えた。
俺は炉に刻まれた『楔の紋章』を指さす。
デュランが、リナの腕を優しく支える。
そして、リナが祈りを込めて槌を振り上げた。
槌が振り下ろされる瞬間、彼女の体から、あの夜と同じ聖なる光が溢れ出す。
光は槌を伝い「楔の紋章」へと吸い込まれていった。
カキン! と、澄んだ音が工房に響き渡る。
その直後、心臓炉が地響きを立てて唸りを上げた。
炉の内部で、まるで竜の心臓が鼓動を再開したかのように、ゴォォォォ! という轟音と共に深紅の炎が燃え上がった。
封印は、解かれたのだ。
俺たち三人の力――俺の「知恵」、デュランの「経験」、そしてリナの「聖性」。
その三つが一つになった時、不可能と思われた試練は乗り越えられた。
工房の隅で腕を組んで見ていたグランが、満足そうにその長い髭を扱きながらゆっくりとこちらに歩いてきた。
「……見事だ、小僧ども。合格だ」
「貴様らの依頼、この鍛冶神グラン・ドワーノンが、確かに聞き届けた」