鍛冶神への手土産
洞窟の奥で、俺たちはついに《天空鋼》の鉱脈を発見した。
夜空の星々をそのまま閉じ込めたかのような、神秘的な青い輝きを放つその金属は、ただそこにあるだけで、周囲の魔力を吸い寄せて輝いているようだった。
「……これが、《天空鋼》……」
デュランが、まるで聖遺物にでも触れるかのように、そっと鉱石に手を伸ばす。
その瞬間、鉱石が彼の魔力に呼応するかのように、ひときわ強く輝いた。
まるで、待ち望んだ主との再会を喜んでいるかのようだ。
「どうやら、あんたの『相棒』も、あんたとの出会いを喜んでるみたいだぜ」
俺がそう言うと、デュランは少し照れくさそうに顔を背けた。
だが、その喜びも束の間、すぐに現実的な問題が立ちはだかる。
「だが、どうする。見てみろ」
デュランは、腰に差していたナイフを抜き、鉱脈に突き立てた。
キィン!と甲高い音を立て、火花が散る。
ナイフの刃が、無残にこぼれていた。
鉱脈には、傷一つついていない。
「噂以上の硬度だ。ダイヤモンドよりも硬い、か。これじゃ、つるはしはおろか、高位の破壊魔法でもなきゃ、削り取ることすらできんぞ」
デュランの言葉に、希望が早くも絶望に変わりかける。
だが、俺のスキルはいつだってその絶望の先に道を示してくれる。
俺は、再び【未来価値鑑定】のスキルを発動させた。
対象は、この鉱脈そのもの。
「どうすれば、この鉱石を採掘できる?」
【対象:《天空鋼》の鉱脈】
【未来価値:デュランの義手となり、歴史を動かす】
【採掘条件:『感応蔦』の蔓を巻き付け、デュラン自身の闘気を流し込むこと】
また、新たなキーアイテムが出てきた。
『感応蔦』。
デュランの義手の神経ケーブルになるはずの植物だ。
ただの接着剤ではなく、鉱石を切り出すための「鍵」でもあったのか。
「デュラン、少し待っててくれ。この鉱石を掘り出すための『鍵』を取ってくる。リナは、彼と一緒にここで」
「……わかった」
デュランは、俺の意図を察したように頷いた。
リナも、こくりと頷く。
昨夜の出来事を経て、俺たちの間には言葉にしなくとも通じ合う確かな信頼関係が芽生え始めていた。
俺は一人、谷の湿地帯へと向かった。
スキルが示す場所には、一見すると何の変哲もない、ただの蔦植物が群生していた。
だが、俺の眼にはその中の一本だけが、まるで生きているかのように淡く脈動して見えていた。
【対象:感応蔦】
【現在価値:丈夫な蔓】
【未来価値:竜の神経繊維に匹敵する《生体神経ケーブル》】
【特性:魔力や闘気に共鳴し、その性質を伝播させる】
俺はその蔦を必要な分だけ切り取ると、急いで洞窟へと戻った。
「デュラン、この蔦を鉱脈の一番大きな塊に巻き付けてくれ。そして、あんたの闘気を、剣を振るう時のように蔦に流し込むんだ」
「……闘気を流すだと? 正気か。そんなことをすれば、ただの蔦なら一瞬で焼き切れるぞ」
「こいつはただの蔦じゃない。あんたの力をそのまま鉱石に伝えてくれるはずだ」
デュランはまだ半信半疑だったが、俺の言葉を信じて蔦を鉱脈に巻き付けた。
そして、彼が目を閉じ精神を集中させる。
彼の右腕に淡い闘気のオーラが立ち上った。
騎士として、彼が長年培ってきた力の奔流。
その純粋なエネルギーの奔流に、俺は思わず息を呑んだ。
「いくぞッ!」
デュランが叫ぶと同時に、彼の闘気が蔦を伝って鉱脈へと流れ込む。
蔦は焼き切れることなく、まるで血管のように、闘気の光で激しく脈動した。
そして、鉱脈そのものが、デュランの闘気に共鳴し、まばゆい青い光を放ち始める。
キィィン、という甲高い共鳴音が洞窟内に響き渡り、岩壁がビリビリと震える。
すると、鉱脈の表面にまるでガラス細工のように無数の亀裂が走った。
デュランが闘気を止めると、鉱脈は自重に耐えきれず、メキメキと音を立てて、大きな塊となって岩盤から剥がれ落ちた。
「……やったか」
俺たちは、息を呑んでその光景を見守った。
百キロはあろうかという《天空鋼》の原石が、俺たちの目の前に転がっている。
デュランの義手を作るには、十分すぎるほどの量だ。
♢
俺たちは三人がかりで、なんとか原石をキャンプまで運び出した。
焚き火の光に照らされ、青く輝く原石を前に、俺たちはしばしの達成感に浸っていた。
「信じられん……。本当に、この金属が……」
デュランは、愛おしそうに原石の表面を撫でている。
その横顔は、もう酒場の酔いどれのものではなかった。
失われた未来を取り戻す、第一歩を踏み出した男の顔だった。
だが、本当の難関はここからだ。
「材料は揃った。だが、問題はこれを誰が鍛えるかだ」
デュランが、厳しい表情で俺を見る。
「伝説のドワーフ、鍛冶神グラン・ドワーノン。本当に、あの頑固爺がハンマーを握ってくれるのか」
グラン・ドワーノン。
ドワーフ族の歴史の中でも、五本の指に入るという伝説の鍛冶師。
かつては王族のためだけに武具を打っていたが、ある事件をきっかけに人を嫌い、北方の山脈に引きこもってもう何十年も誰の依頼も受けていないという。
「ああ。そのためには、俺たちの『誠意』を見せる必要がある」
「誠意、だと?」
「グランは金や権力じゃ動かない。俺の鑑定によれば、彼が心を動かすのは三つ。最高の素材、最高の使い手、そして……最高の『酒』だ」
俺はニヤリと笑った。
この谷に来てから、ずっと目をつけていた「切り札」を使う時が来たのだ。
「リナ、手伝ってくれ」
俺はリナを連れて再び谷の探索を始めた。
俺が探していたのは、この谷の崖の上にだけ自生している、小さな赤い果実。
【対象:竜の涙】
【現在価値:甘酸っぱいだけの小さな果実】
【未来価値:神々の酒の原料となる《神代の果実》】
【条件:《大聖泉》の水で醸造し、百年寝かせること】
百年なんて待てない。
だが、俺のスキルはいつだって抜け道を示してくれる。
【代替条件:リナの聖なる祈りを込めた《精霊の雫》を触媒とすること】
俺たちは、その果実を籠一杯に集め、洞窟の奥から汲んできた「精霊の雫」で満たした樽に漬け込んだ。
「リナ、お願いできるかい? 君の力を貸してほしい」
リナはこくりと頷いた。
彼女は樽の前に立つと、両手をそっと樽に添え、目を閉じて、あの夜と同じ小さな祈りの歌を口ずさみ始める。
彼女の体から放たれる温かい光が、樽の中身をゆっくりと満たしていく。
すると、樽の中から、くぐもった発酵の音が聞こえ始め、やがて極上の芳香が立ち上り始めた。
ただ甘酸っぱいだけだった果実の香りが、蜜のように、花のように、そして何年も熟成された美酒のように、複雑で豊かな香りへと変化していく。
わずか数時間で、百年分の熟成に匹敵する奇跡の酒が完成したのだ。
俺は、その奇跡の酒を革袋に詰め《天空鋼》の原石と共に、村で手に入れた荷車に積み込んだ。
「準備はできた。デュラン、リナ。行くぞ。伝説の鍛冶神に会いに行く」
俺たちの本当の冒険が、今、始まろうとしていた。
目指すは遥か北方の山脈。
頑固で、気難しく、そして世界最高の腕を持つという、伝説のドワーフの元へ。