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設計図の第一歩

 俺のスキル【未来価値鑑定】は、時に残酷なほど輝かしい未来を見せる。

 《隻腕の剣神》――その、あまりにも壮大なポテンシャル。

 だが、俺の目の前にいる「現在」のデュランは、酒に蝕まれ、片腕を失い、武器はただの木の枝だ。


 その彼が今、俺とリナを守るために、たった一人で魔狼の群れと対峙している。

 未来と現在のあまりにも大きな断絶。

 この隔たりを埋めることこそが、俺のスキルの本当の使い方なのだと改めて理解した。


 グルルル……。

 暗闇の中から響く唸り声が空気を震わせる。

 夜行性の魔狼ダイアウルフが、飢えた光る瞳で俺たちを囲んでいた。

 その数、五、六匹。


「リナ、俺の後ろに」


 俺はリナを庇うように立ち、震える手で焚き火の枝を掴んだ。

 気休めにもならないだろうが、何もしないよりはましだ。


 俺の前に立つデュランの背中は、酒場で見た時とはまるで別人だった。

 重心を低く落とし、木の枝を自然体に構える姿には隙がない。

 その瞳はもはや酔いどれのものではなく、獲物を見据える老練な狩人のそれだ。

 鑑定結果に表示された【条件:守るべきものを見つけること】というタグが、彼の内側で確かな熱を帯び始めているのが俺には分かった。


「フン……。騎士団にいた頃を思い出すぜ。こんな夜は、何度あったか」


 デュランは、自嘲気味に呟く。

 だが、その声に絶望の色はなかった。

 魔狼たちが、じりじりと包囲網を狭めてくる。


 一匹が、痺れを切らしたように、デュランの死角である左側から飛びかかってきた。

 常人ならば、反応すらできないだろう。

 だが、デュランは違った。


 彼は、最小限の動きで右半身を捻ると、木の枝をまるで盾のように使い魔狼の突進を受け流した。

 牙が木の枝に深々と食い込む。

 その瞬間、デュランの右足が閃光のように跳ね上がった。


 彼のブーツが、魔狼の脇腹を正確に蹴り抜く。

 キャン! と悲鳴を上げて、魔狼が地面を転がった。


「……すごい」


 思わず、声が漏れた。

 片腕を失い、バランスも悪いはずだ。

 それなのに、この体捌き。

 彼が「本物」であることは、鑑定するまでもなかった。


 しかし、一匹を退けたことで他の魔狼たちが一斉に襲い掛かってきた。

 多勢に無勢。

 デュランは巧みに攻撃をいなすが、その額には脂汗が浮かび、呼吸も荒くなっていく。

 木の枝にはすでに無数の牙の跡が刻まれている。

 長くは持たない。


「デュラン!」


 俺は叫びながら、燃え盛る薪を数本掴み、魔狼たちに向かって投げつけた。

 火を恐れた魔狼たちが、一瞬だけたじろぐ。

 その隙に、デュランが体勢を立て直し、俺の隣に並んだ。


「……余計なことを。だが、助かった」


「あんたを死なせるわけにはいかないんでね。未来の剣神様に、こんなところで野垂れ死にされては困る」


「まだ言うか、そのおとぎ話を」


 デュランはそう言いながらも、口元に笑みを浮かべていた。

 それは、彼がこの谷に来てから初めて見せる笑みだった。


 俺たちは背中合わせになり、魔狼たちを睨みつける。

 再び膠着状態が続く。

 だが、奴らが腹を空かせている以上、この均衡も長くは続かないだろう。


 どうする。

 どうすればこの状況を打開できる?

 俺は、再び鑑定のリングUIを展開させた。

 対象は、この戦場そのもの。

 勝利への道筋は、どこにある?


 俺のスキルが、いくつかの対象に共鳴した。

 一つは、デュランの背中。

 一つは、俺たちがいる岩陰の、さらに奥にある洞窟。

 そして、もう一つは――俺たちの足元で、恐怖に震えているリナだった。


【対象:リナ】

【未来価値:《救国の聖女》】

【条件:彼女が、自分自身を許すこと】

【現在可能なスキル:聖なる祈り(小)→効果:魔を退ける微弱な光】


 これだ!

 彼女には、もう力の片鱗が宿っている。

 だが、今の彼女に祈る勇気があるか?


「リナ!」


 俺は背後の彼女に声をかけた。

 彼女はビクリと体を震わせる。


「君のせいじゃない。君は、汚れてなんかない。君が、ただ生きていてくれるだけで、救われる命があるんだ。俺みたいにな」


「……え?」


「だから、祈ってくれ。俺たちのためにじゃない。君が明日を生きるために。君は無力じゃないって証明するために!」


 俺の言葉にリナの瞳が大きく揺れた。

 彼女は、恐怖と、ほんのわずかな希望の間で激しく葛藤していた。

 魔狼たちが、再びじりじりと距離を詰めてくる。


 デュランが、俺にだけ聞こえる声で呟いた。


「……無茶を言う。あんなガキに何ができる」


「できるさ。俺には見える」


 俺はリナの手を強く握った。


「大丈夫だ。君には価値がある」


 その瞬間、リナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 彼女は、震える声で何かを呟き始める。

 それは、祈りの言葉だった。

 彼女が、奴隷として全てを奪われる前に、母親から教わったという小さな祈りの歌。


 すると、彼女の体から、淡く、しかし温かい光が放たれ始めた。

 その光に照らされた魔狼たちが、まるで聖なる炎に焼かれたかのように、一斉に怯み後ずさる。


「……なんだ、この光は」


 デュランが、驚愕の声を上げた。

 俺はその隙を逃さなかった。


「デュラン! 今だ! 洞窟へ!」


 俺はリナの手を引き、デュランと共に鑑定で見つけた岩陰の洞窟へと駆け込んだ。

 聖なる光を恐れ、魔狼たちは追ってくることができない。


 洞窟の中で、俺たちは肩で息をしながら、入り口で威嚇を続ける魔狼たちを見つめた。

 リナは、まだ自分の手から放たれる光を信じられないもののように見つめている。


「……見たか、デュラン。これが、あんたが守るべきものの一つだ」


 デュランは、何も答えなかった。

 ただ、彼は、リナを見る目から先ほどまでの侮りの色を完全に消し去っていた。


 俺は確信する。

 聖女と、剣神。

 そして、それを導く俺という鑑定士。

 俺たちの物語は、今、確かに動き出したのだ。

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