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王都の動乱

「未来開花院」の噂は、俺の予想を遥かに超える速さで王都中に広まっていった。

 最初は、貧民街の与太話だと笑っていた人々も、実際に人生を変えた者たちの姿を目の当たりにするにつれ、その見方を変え始めていた。


「聞いたか? 南区画の倉庫に行けば、どんな人間でも、自分にぴったりの天職が見つかるらしいぜ」


「ああ。足を引きずっていた傭兵のバルトが、今じゃ警備隊の教官として若者たちをビシビシ鍛えているそうだ」


「樽職人になったトマスなんて、もう親方から『十年後には俺の跡を継いでくれ』って言われてるらしいぞ!」


 噂は噂を呼び、「未来開花院」には、日を追うごとに多くの人々が訪れるようになった。

 もちろん、その全てが輝かしい未来を持っているわけではない。

 だが、俺は誰一人として見捨てることなく、一人一人に寄り添い、彼らが最も輝けるであろう「未来」の設計図を示し続けた。


 俺たちの活動は、アウディットの耳にも届いていた。

 彼は時折、査察官として倉庫に姿を現し、俺たちの活動を感情の読めない瞳でじっと観察していた。


「……ユキ殿。君のやっていることは、確かに結果を出している」


 ある日、彼は俺に言った。


「だが、忘れるな。君はあまりにも多くの人間の運命を、その両肩に背負いすぎている。一度歯車が狂えば、その全てが崩れ落ちるということを」


 彼の警告は、的を射ていた。

 俺は、この国が抱える、巨大な「歪み」の存在にまだ気づいていなかったのだ。


 ♢


 変化の兆しは、些細なことから始まった。

 ゴードンが赴任した東部穀倉地帯から、驚くべき報告が王都にもたらされたのだ。

『地根草』とゴードンの理論によって、死にかけていた土地が、わずか数ヶ月で見違えるように蘇り、過去最高の豊作になる見込みだという。


 それは、王国にとって、そして飢饉に怯える民衆にとって最高の吉報のはずだった。

 しかし、その報せを苦々しい表情で聞いている者たちがいた。

 東部の土地を支配し、これまでの非効率な農業で私腹を肥やしてきた保守派の貴族たちだ。


 ゴードンの改革は、彼らの利権を根底から揺るがすものだった。


 そして、もう一つ。

 初代国王の秘宝のありかを示した俺とアイリスの功績。

 国王陛下は、俺たちを正式に謁見し、多大な褒賞を与えようとした。

 だが、その栄誉を、まるで自分の手柄のように横取りしようとする者が現れた。

 王国大図書館の館長――アイリスの元上司だ。


 彼は、貴族たちに取り入り、「秘宝の謎を解いたのは、全て自分の長年の研究の成果であり、アイリスとユキはそれを盗んだに過ぎない」と、嘘の情報を吹聴して回っていたのだ。


 社会の歯車が、軋みを上げていた。

 俺たちがもたらした「変化」という光が、これまで闇の中に隠れていた者たちの、醜い欲望を照らし出してしまったのだ。


 ♢


 決定的な事件が起こったのは、王都が収穫祭の準備で賑わうある日の夜だった。

 俺たちの「未来開花院」が、何者かによって襲撃されたのだ。


 幸い、デュランと、彼が育て始めた警備隊の活躍で実害はほとんどなかった。

 だが、倉庫の壁には、赤いペンキでこう殴り書きされていた。


『偽りの預言者、ユキ・ナガエに死を』


『王都から出ていけ』


「……くそっ! どこのどいつだ!」


 デュランが、怒りに拳を震わせる。

 リナとアイリスは、青ざめた顔でその禍々しい落書きを見つめていた。


 俺は、冷静に状況を分析していた。

 これは、ただの嫌がらせではない。

 俺たちの活動を快く思わない者たちからの、明確な「警告」だ。

 そして、その背後には貴族たちの影がある。


 俺は、すぐにアウディットに面会を求めた。

 謁見室で俺を迎えた彼の表情は、いつになく険しいものだった。


「……話は聞いている。君の活動が一部の貴族たちの反感を買っていることもな」


「あんたの差し金か、と聞きたいところだが違うんだろうな」


「フン。私を買い被るな。私は、君という『価値』を、こんな下劣な方法で潰したりはしない」


 アウディットは、断言した。


「だが、警告はしたはずだ、ユキ殿。君の『設計図』は、あまりにも急進的すぎた。この国には変化を望まない者たちが、君が思う以上に深く広く根を張っている」


 その時だった。

 謁見室の扉が、勢いよく開かれた。

 血相を変えた兵士が、転がり込むように入ってくる。


「も、申し上げます! アウディット様!」

「東部穀倉地帯で、大規模な暴動が発生! ゴードン監督官が、農民たちによって拘束されたとの報せが!」


「何だと!?」


 アウディットが、声を上げる。

 兵士は、震える声で続けた。


「農民たちは、『ゴードンの改革のせいで、土地の精霊が怒り、不作になる』と……。その背後には、土地の領主であるマーカム侯爵の扇動があるようです!」


 マーカム侯爵。

 東部の土地を支配する、保守派貴族の筆頭だ。

 奴らが、ついに実力行使に打って出たのだ。


「……アウディット様。兵を出してください。ゴードン殿を救出しなければ」


 俺が言うと、アウディットは苦々しい表情で首を横に振った。


「無理だ。マーカム侯爵は、王家とも縁戚関係にある大貴族。確たる証拠もなく、彼の領地に軍を差し向けることはできん。下手をすれば、内乱になりかねん」


「では、ゴードン殿を見殺しにしろと!?」


「……今は、待つしかない」


 彼の言葉に、俺は絶望しかけた。

 これが、政治か。

 これが、この国の現実か。


 俺が、歯を食いしばって俯いていると、隣に立っていたデュランが、静かに、しかし力強く言った。


「……ユキ。俺を行かせてくれ」


「デュラン……?」


「軍が動かせないのなら、俺たちが行くまでだ。ゴードン爺さんを助け出す」


 彼の瞳には、かつて国に見捨てられた男とは思えないほどの強い意志の光が宿っていた。


 そうだ。

 待っているだけでは、何も変わらない。

 俺たちの仲間が、俺たちの未来が、今まさに奪われようとしている。


「……アウディット様。あんたは、ここにいてください。そして、俺たちが戻ってくるまでの時間稼ぎをお願いします」


 俺は、アウディットに深々と頭を下げた。

 そして、デュラン、リナ、アイリスと共に謁見室を飛び出した。


 俺たちの、最初の戦いが始まる。

 相手は、魔物ではない。

 この国に巣食う、巨大な「旧体制」そのものだ。

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