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未来開花院

 アイリスを仲間に加えた俺たちのチームはついに完成した。

 デュランリナ、そして知恵アイリス

 この三人の英雄がいれば、どんな困難な「設計図」も、必ず現実にできるはずだ。


 俺は、アウディットから与えられた権限と資金を使い、王都の南区画にある使われなくなった巨大な倉庫を借り受けた。

 そして、そこに一枚の看板を掲げる。


『未来開花院』


 数日後、王都の貧民街や労働者たちが集まる広場の掲示板に、アイリスが書き上げた美しいカリグラフィーの張り紙が掲示された。


『未来開花院、開院のお知らせ』


『我々は、あなたの“未来”に投資します』


『年齢、身分、経歴、一切不問。己の現状に満足できず、まだ見ぬ才能の開花を望む者、来たれ。我々が、あなたの本当の価値を見出し、そのための道筋キャリアプランと、ささやかながら活動資金を授けます』


『場所:旧南区画・第三倉庫にて。主宰:ユキ・ナガエ』


 その張り紙は、瞬く間に王都中の噂になった。


「未来に投資するだと? 怪しい詐欺師のやることだ」


「どうせ、訳ありの人間を集めて、どこかへ売り飛ばすつもりだろう」


 ほとんどの人間は、それを嘲笑し、まともに取り合おうとはしなかった。


 だが、その噂は、希望を失い社会の底辺で燻っていた者たちの耳にも確かに届いていた。


 ♢


「未来開花院」の開院日。

 がらんとした巨大な倉庫の中は、静まり返っていた。

 俺とデュラン、リナ、そしてアイリスは、簡素な机を並べ、訪れる者を待っていた。


 だが、昼を過ぎても、訪れたのは、わずか十数名。

 誰もが、その身なりや表情から、世間から「落ちこぼれ」と見なされている者たちだと分かった。


 デュランが、俺の隣でため息をつく。


「……おいおい、ユキ。本当に、この中に『宝』がいるのか? 俺の目にはただの難民の集まりにしか見えんが」


「いるさ。必ずな」


 俺は、自信を持って言った。


「ただし、宝の価値は大きさだけじゃない」


 俺は、集まった人々の前に立つと、静かに口を開いた。


「ようこそ、『未来開花院』へ。俺は、主宰のユキ・ナガエだ」


「信じられないかもしれないが、俺には君たちの未来が見える。君たちが自分でも気づいていない最高の才能がな」


 俺は、一人目の男を机の前に座らせた。

 まだ若いが、その手は傷だらけで、瞳には諦めの色が浮かんでいる。


「……トマス、と言います。何の取り柄もなくて、どこへ行っても不器用だって追い出されて……」


 俺は、彼に鑑定を発動させた。

 心のコンパスは、強くはないが、確かに温かい共鳴を返してきていた。


【対象:青年 トマス】

【現在価値:日雇い労働者(価値:E)】

【未来価値:街一番の頑丈な樽を作る職人(幸福級)】

【特性:無自覚な『剛腕』。繊細な作業を苦手とするが、力仕事においては人並外れた性能を発揮する】


 なるほど。

 不器用なのではない。

 力が強すぎて、加減ができないだけか。

 俺は、彼に優しく言った。


「トマス君。君は、自分のことを不器用だと思っているようだな。だが、それは間違いだ」


「君のその腕は、繊細な作業には向いていない。だが、頑丈な樽や馬車のような力強い仕事をするために生まれてきた、素晴らしい『剛腕』だ」


「港の近くに、腕のいい樽職人の工房がある。そこの親方は、跡継ぎがおらず、自分の技術を継いでくれる力のある若者を探している。俺が紹介状を書こう。君なら、きっと素晴らしい職人になれる」


 俺の言葉に、トマスはぽかんとした顔で自分の両腕を見下ろしていた。

 そして、やがて、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


 次に、俺の前に座ったのは、片足を引きずる中年の男だった。

 その目つきは鋭いが、酒の匂いがする。


「……元傭兵だ。戦争で足を一本失って、このザマさ」


【対象:元傭兵 バルト】

【現在価値:無職の酔いどれ(価値:D-)】

【未来価値:王都警備隊の鬼教官と慕われる小隊長(一流級)】

【条件:過去の戦場で仲間を見捨てたトラウマを克服すること】

【条件:再び『誰かを守る』という誇りを取り戻すこと】


 ――一流級。

 だが、その条件は、ただ仕事を紹介するだけでは達成できない心の領域の問題だ。

 俺は、デュランに目配せした。


「バルトさん。あんたのその戦術眼はまだ錆びついちゃいない。だが、今のあんたに必要なのは戦場じゃない。もう一度、誰かを守るという『誇り』を取り戻す場所だ」


「俺たちのこの『未来開花院』も、これから大きくなれば、良からぬ連中に狙われるだろう。そこで、あんたの経験を活かして、俺たちの『守り』の要になってはくれないか。もちろん、給金は弾む」


「そして、こいつ――デュランも、元王国騎士だ。あんたのいい話し相手になるはずだ」


 俺の提案に、バルトは驚いたようにデュランを見た。

 デュランは、何も言わず、ただ、銀色の義手『アストレア』を、トン、と床に置いて見せた。

 同じ、戦場で何かを失った者同士。

 二人の間に、言葉にならない共感が流れたのが分かった。


 バルトは、しばらく黙っていたが、やがて深々と頭を下げた。


「……その話、受けさせてもらう」


 その後も、俺は次々と訪れる者たちの鑑定を続けた。

 もちろん、誰もが輝かしい未来を持っているわけではなかった。

 中には「未来価値」がほとんど見えず、「今の生活を、誠実に続けることが、君にとっての最高の未来だ」と告げなければならない者もいた。

 だが、俺は誰一人として、見下したりはしなかった。

 どんな小さな未来にも、その人だけの価値があると心の底から信じていたからだ。


 その日の面談が、全て終わる頃には日はとっぷりと暮れていた。

 デュランが、疲れた顔で、しかしどこか満足そうに言った。


「……結局、お前が言うような『伝説級』の英雄は一人も来なかったな」


「ああ。そんなに簡単に見つかってたまるか」


 俺は、笑って答えた。


「だが、見てみろよ」


 俺の視線の先では、リナとアイリスが、今日ここを訪れた人々と何かを楽しそうに話していた。

 樽職人になることを決めたトマス。

 守るべき場所を見つけたバルト。

 自分の手先の器用さを活かし、刺繍職人になることを決めた口下手な少女。

 彼らの顔にはもう、貧民街で見たような絶望の色はなかった。

 そこにあったのは、ささやかだが確かな希望の光だった。


「デュラン。国ってのは英雄だけで創るもんじゃない。一人一人が、自分の価値を信じて、自分の仕事に誇りを持って暮らせる。そんな場所のことだと俺は思う」


 俺たちの「未来開花院」は、まだ王都の片隅にある小さな工房に過ぎない。

 だが、ここからこの国の未来が、少しずつ、しかし確実に変わり始めていくのだと俺は確信していた。

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