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王国の設計図

 離宮の謁見室に、重い沈黙が流れる。

 俺の、あまりにも大胆な取引の提案。

 アウディットは、値踏みするように俺を、そして俺の背後にある「未来」を見ようとしている。

 この男を説得できなければ、俺たちの旅は、ここで終わる。


「……面白い」


 沈黙を破ったのは、アウディットだった。

 だが、その表情に敗北の色はない。

 むしろ、凍てついていた彼の瞳に初めて純粋な興味という名の熱が灯っていた。


「有効な力、か。面白い。では聞こう、追放鑑定士ユキ。君が言う『力』とは具体的に何を指す? その娘の奇跡か? そこの元騎士の剣腕か? それとも、君自身のその得体の知れない知識か?」


 彼の問いは、俺の本質を試すための鋭い刃だった。

 俺は、彼の目から視線を外さずに答えた。


「その、全てです。そして、それらを組み合わせ、この国がまだ気づいていない『価値』を生み出す『設計図』こそが、俺の力の正体です」


「設計図、だと? 大げさな言葉だな」


「では、お見せしましょう。その設計図のほんの走り書きを」


 俺は、アウディットの机に置かれていた一枚の羊皮紙を手に取った。

 それは、王国の穀物生産量に関する報告書だった。


 そして、鑑定のリングUIを俺の脳内にだけ展開させる。


【対象:アレイティア王国 東部穀倉地帯】

【現在価値:生産性低下中の土地(価値:C)】

【未来価値:大規模な飢饉の発生源(価値:G)】


 最悪の未来を視た俺は、次に「どうすればこの未来を回避できるか?」と、解決策を強くイメージして、鑑定を深層へと進めた。

 すると、スキルは、より良い未来へ至るための「設計図」として、新たな情報を提示する。


【最高の未来価値:大陸一の穀倉地帯として復活(国家戦略級)】

【条件①:『地根草』を土壌に混入させること】

【条件②:《大農聖》ゴードンの知識と経験を導入すること】


 俺は、さらに【条件①】のタグに意識を集中させた。

 その瞬間、俺の脳内に見たこともない植物の姿、その生態、最適な育成環境、そして土壌の窒素を固定するという有効成分の詳細な化学式までが、膨大な知識の奔流となって流れ込んできた。

 これが、俺のスキルの本質。

 未来に至るための「設計図」そのものだ。


 俺はダウンロードしたばかりの知識を、さも元から知っていたかのように語り始める。


「この国の『病巣』の話をしましょうか、査察官殿」


 俺は、報告書の隅に描かれた地図の東部穀倉地帯を指さした。


「王国のパン籠と呼ばれたこの土地は、あと五年で死の大地になる」


「……なぜ、それを知っている。それは、ごく一部の者しか知らない機密情報のはずだ」


 アウディットの目に鋭い光が宿る。


「長年の連作障害による、土壌の枯渇。あんたたち『適性査定庁』は、その事実を把握していながら有効な手を打てずにいる。貴族たちの利権が絡んで、大規模な改革ができないからだ。違うか?」


「……続けろ」


 彼の反応で俺は自分の読みが正しいことを確信する。

 俺は、この三日間、ただ待っていたわけではない。

 運び込まれた書物を読み漁り、この国の構造的な問題を鑑定の力で徹底的に分析していたのだ。


「解決策は、二つ。一つは、南方の沼地にしか自生しない『地根草ちこんそう』という薬草。これを畑に鋤き込めば、土壌は三年で完全に回復する」


「……仮に、そんな都合のいい植物があったとして、それがどうした? 我々がそれを実行すれば済む話だ。君の必要性はどこにある?」


 アウディットの反論は的確だった。

 そうだ。

 情報だけなら、奪ってしまえばいい。

 だが、俺の本当の価値はそこにはない。


「ええ、その通りだ。だが、その草を使いこなし、東部の農業を根底から立て直せる人間が、この国に一人だけいるとしたら?」


「そして、その人間を、あんたたち『適性査定庁』が『価値ゼロ』と断じ、貧民街に捨て置いているとしたら?」


「……何?」


「王都の貧民街に、ゴードンという名の老いぼれ農夫がいる。彼は、かつて王国最高の農業技官だった男だ。ある貴族の陰謀で、その地位を追われたがな。彼の頭の中には、この国の土壌に関する誰よりも正確な知識が眠っている」


 俺の言葉にアウディットは何も言えなかった。

 俺が語っていることが、全て真実であると彼には分かっているのだろう。


 俺は彼に最後の切り札を突きつけた。


「査察官殿。あんたたちの組織は、人の『現在』しか見ない。だから、酒浸りの老人を無価値だと判断する。だが、俺は違う。俺はその人の内に眠る『未来の価値』を見つけ出し、それを引き出すことができる」


「ゴードンは、最初の一人に過ぎません。この王都には、あんたたちが見捨てた眠れる才能がまだ何十人もいる。俺にはそれが見える。彼らを繋ぎ合わせ、この国を内側から作り変える『設計図』が俺の頭の中にはある」


 俺は、一歩前に出た。


「リナを、ただ鳥籠に閉じ込めておくのか。それとも、俺という設計者を手に入れ、この国を根底から作り変える未来を選ぶのか。――あんたなら、どちらが合理的か分かるはずだ」


 アウディットは、しばらく黙って俺を見つめていたが、やがて、フッ、と息を漏らした。


「……狂っているな、君は。だが、その狂気嫌いではない」


「分かった。君の提案を試験的に受け入れよう」


 彼は立ち上がると、俺に向かって手を差し出した。


「君を『適性査定庁』の特別顧問として任命する。君にはこの国のあらゆる問題点を『鑑定』し、その改善案を提出する権限を与える。今回の件が成功すれば、君の要求も前向きに検討しよう」


 その手は、まだ冷たい。だが、そこには確かな取引の意志があった。


「ただし」


 アウディットは、釘を刺すように言った。


「もし君の『設計図』が一つでも破綻し、国に損害を与えた場合、その時は君たちの全てを我々が管理させてもらう。いいな?」


「望むところだ」


 俺は、アウディットが差し出した手を強く握り返した。


 ♢


 アウディットが去った後の謁見室は、緊張の糸が切れたかのように静まり返っていた。

 俺は、彼が置いていった真新しい手帳と羊皮紙の辞令を手に大きく息を吐いた。

 勝った。

 最初の、そして最大の難関だった交渉で、俺は望みうる最高の未来を引き寄せたのだ。


「……おい、ユキ」


 部屋の隅で固唾を飲んで成り行きを見守っていたデュランが、信じられないものを見る目でこちらに近づいてきた。

 その手には、いつの間にか抜き放たれていた剣がまだ握られている。


「今の……全部、本気か? お前、あの査察官を相手に、国を救うだの……。一体、いつからそんなことを考えていたんだ?」


「ここに来てから、ずっとだよ」


 俺は、書物の山を指さした。


「無駄に過ごしたつもりはないんでね」


「……狂ってやがる。だが、それを本当に認めさせちまうとはな。お前、一体何者なんだ。ただの鑑定士じゃねえだろ」


 その言葉には、侮蔑ではなく、純粋な畏怖と尊敬の念が込められていた。

 俺は、ただ笑って答えた。


「言っただろ。俺は、設計者だ」


 その時、部屋の扉が開き、リナが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 俺たちのただならぬ雰囲気を、感じ取っていたのだろう。


 俺は彼女に優しく微笑みかけた。


「リナ。もう大丈夫だ。俺たちは自由だ」


 俺たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 だが、少なくとも金色の鳥籠の扉は、俺たち自身の力でこじ開けることができたのだ。

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