表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/29

帰り道と新たな芽吹き

 鍛冶神グラン・ドワーノンに別れを告げ、俺たちは再び旅路についた。

 目指すべき明確な場所は、まだない。

 ただ、俺たちが築くべき場所――辺境の村「サイセイ」へと戻るための、長い長い帰り道だ。


 山を下り、街道に出る。

 荷車を引くのは、来た時と同じく俺の役目だ。

 だが、俺たちの間の空気は、来た時とは全く違っていた。


 デュランは、荷車の隣をまるで現役の騎士のように、背筋を伸ばして歩いている。

 時折、陽光を反射して輝く銀色の義手『アストレア』を、確かめるように握りしめている。

 彼の全身から発せられるのは、もはや絶望や諦観ではない。

 自信と、そして未来への静かな期待感だった。


 リナは、荷台の上で、以前よりもずっと落ち着いた表情で外の景色を眺めている。

 まだ口数は少ないままだが、俺やデュランが話しかけると、小さく頷いたり、時折、か細い声で答えたりするようになった。

 グランの工房で、自分の力が誰かの役に立つと知ったことが、彼女の中で大きな変化を生み出していた。


 俺自身もまた、変わった。

 手帳に刻まれた「追放印」は、もはや屈辱の象徴ではない。

 この素晴らしい仲間たちと出会うきっかけとなった、旅立ちの証だ。


 俺のスキル【未来価値鑑定】。

 それは、呪いなんかじゃなかった。

 見捨てられた価値を見出し、それを信じ、育てるための希望の設計図だ。

 俺は、この力をもっともっと使いこなしたいと心の底から思っていた。


 ♢


 旅の途中、俺たちは大きな渓谷にかかる古い石橋の前で立ち往生していた。

 数日前の豪雨で、橋の中央部分が崩落してしまっているのだ。

 対岸までは、十メートルほどの隙間が空いている。


「……ちっ。なんてこった。ここを渡れねえと、町まで三日は遠回りになるぞ」


 デュランが、忌々しそうに舌打ちをする。

 荷車がある以上、この亀裂を飛び越えることは不可能だ。

 引き返すしかないか、と俺が諦めかけた、その時だった。


「デュラン、ちょっといいか」


 俺は、何かを思いつき、デュランに声をかけた。


「その新しい『相棒』、ちょっと試してみないか?」


「……試すだと? 何をだ」


「第二解放、『引力鎖グラビティ・チェーン』。あれは、物を掴んで引き寄せることもできるはずだ。対岸にアンカーになるようなものがあれば、この荷車ごと、向こう岸に渡れるかもしれない」


 俺の提案に、デュランは眉をひそめた。


「無茶を言うな。この荷車の重さは、天空鋼も合わせれば半トンは超えるぞ。いくらアストレアでも、そんなものを引き寄せられるか」


「できるさ。俺には見える」


 俺は、鑑定のリングUIを展開し、対岸にある巨大な岩を鑑定した。


【対象:対岸の巨岩】

【未来価値:数百年後もこの場にあり続け、旅人の目印となる《道標の岩》】

【特性:極めて安定しており、数トンの荷重にも耐えうる】


「あの岩なら、びくともしない。問題は、アストレアの鎖が届くかどうかと、それを操るあんたの集中力だけだ」


 デュランは、俺の顔と、対岸の岩を交互に見た。

 そして、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「……面白い。やってみる価値はありそうだな」


 彼は、荷車の前に立つと、左腕のアストレアを対岸へと向けた。

 精神を集中させると、銀色の義手が駆動音と共にその姿を変える。


「――第二解放、『引力鎖』!」


 腕の装甲から射出された魔力の鎖が、生き物のように対岸の巨岩へと伸びていく。

 鎖は見事に巨岩に巻き付き、その先端をアンカーのように食い込ませた。


「……よし、かかった!」


 デュランの額に、汗が浮かぶ。

 彼は、ゆっくりと鎖を巻き上げ始めた。

 荷車が、ギシギシと音を立てながら、少しずつ亀裂の上を滑り始める。


 だが、荷車の重さは、想像以上だった。

 デュランの足が、地面にめり込んでいく。


「ぐっ……! くそ、重てえ……!」


「デュラン、無理しないで!」


 リナが、悲鳴に近い声を上げる。


 このままでは、デュランの体力が尽きるのが先だ。


 何か、何か方法はないのか?

 俺は、再び鑑定を発動する。

 この状況を打開する「未来」はどこだ?


 スキルが、二つのものに共鳴した。

 一つは、荷車の車輪。

 もう一つは、祈るようにデュランを見つめる、リナだった。


【対象:リナ】

【未来価値:《救国の聖女》】

【現在可能なスキル:聖なる祈り(小)→応用:対象への『祝福』による一時的な性能向上】


 これだ!


「リナ! 祈ってくれ! デュランの力が、もっと強くなるように!」


 俺の言葉に、リナはハッと顔を上げた。

 彼女はこくりと頷くと、デュランに向かってそっと両手を差し伸べた。

 そして、あの夜と同じ小さな祈りの歌を口ずさみ始める。


 彼女の体から放たれた温かい光が、デュランの全身を、そして銀色の義手アストレアを包み込んでいく。


「……なんだ、これは。力が……!」


 デュランが、驚愕の声を上げる。

 アストレアの輝きが、先ほどよりも一段と増し、鎖を巻き上げる速度が目に見えて速くなった。


「いけるぞ……! うおおおおっ!」


 デュランの雄叫びと共に、荷車はついに亀裂を乗り越え、対岸の地面へとたどり着いた。

 デュランは、その場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 リナもまた、力を使い果たしたのか荷台にぐったりと座り込んでいた。


 俺は、二人に駆け寄った。


「デュラン、リナ! 大丈夫か!?」


「……ああ。大したこと、ねえよ」


 デュランは、汗を拭いながら、ぶっきらぼうに言った。


「それより、小僧。あのガキの力、やはり只者じゃねえな」


「だろ?」


 俺は、誇らしげに笑った。


 リナは、少し恥ずかしそうに、しかし、満更でもないという表情で俯いている。

 自分の力がまた誰かの役に立った。

 その事実が、彼女の心を少しずつ癒しているのが分かった。


 俺たち三人は、顔を見合わせた。

 そして、誰からともなく笑い出した。


 不可能だと思われた試練を、また一つ、俺たちは乗り越えたのだ。

 俺の「知恵」、デュランの「力」、そしてリナの「聖性」。

 バラバラだった俺たちが、一つのチームとして、確かに機能し始めている。


 俺たちの国づくりという、途方もない夢物語。

 それはもう、ただの夢じゃない。

 こうして、一つ一つの困難を乗り越えていった先に、必ずその未来はあるのだと、俺は確信した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ