帰り道と新たな芽吹き
鍛冶神グラン・ドワーノンに別れを告げ、俺たちは再び旅路についた。
目指すべき明確な場所は、まだない。
ただ、俺たちが築くべき場所――辺境の村「サイセイ」へと戻るための、長い長い帰り道だ。
山を下り、街道に出る。
荷車を引くのは、来た時と同じく俺の役目だ。
だが、俺たちの間の空気は、来た時とは全く違っていた。
デュランは、荷車の隣をまるで現役の騎士のように、背筋を伸ばして歩いている。
時折、陽光を反射して輝く銀色の義手『アストレア』を、確かめるように握りしめている。
彼の全身から発せられるのは、もはや絶望や諦観ではない。
自信と、そして未来への静かな期待感だった。
リナは、荷台の上で、以前よりもずっと落ち着いた表情で外の景色を眺めている。
まだ口数は少ないままだが、俺やデュランが話しかけると、小さく頷いたり、時折、か細い声で答えたりするようになった。
グランの工房で、自分の力が誰かの役に立つと知ったことが、彼女の中で大きな変化を生み出していた。
俺自身もまた、変わった。
手帳に刻まれた「追放印」は、もはや屈辱の象徴ではない。
この素晴らしい仲間たちと出会うきっかけとなった、旅立ちの証だ。
俺のスキル【未来価値鑑定】。
それは、呪いなんかじゃなかった。
見捨てられた価値を見出し、それを信じ、育てるための希望の設計図だ。
俺は、この力をもっともっと使いこなしたいと心の底から思っていた。
♢
旅の途中、俺たちは大きな渓谷にかかる古い石橋の前で立ち往生していた。
数日前の豪雨で、橋の中央部分が崩落してしまっているのだ。
対岸までは、十メートルほどの隙間が空いている。
「……ちっ。なんてこった。ここを渡れねえと、町まで三日は遠回りになるぞ」
デュランが、忌々しそうに舌打ちをする。
荷車がある以上、この亀裂を飛び越えることは不可能だ。
引き返すしかないか、と俺が諦めかけた、その時だった。
「デュラン、ちょっといいか」
俺は、何かを思いつき、デュランに声をかけた。
「その新しい『相棒』、ちょっと試してみないか?」
「……試すだと? 何をだ」
「第二解放、『引力鎖』。あれは、物を掴んで引き寄せることもできるはずだ。対岸にアンカーになるようなものがあれば、この荷車ごと、向こう岸に渡れるかもしれない」
俺の提案に、デュランは眉をひそめた。
「無茶を言うな。この荷車の重さは、天空鋼も合わせれば半トンは超えるぞ。いくらアストレアでも、そんなものを引き寄せられるか」
「できるさ。俺には見える」
俺は、鑑定のリングUIを展開し、対岸にある巨大な岩を鑑定した。
【対象:対岸の巨岩】
【未来価値:数百年後もこの場にあり続け、旅人の目印となる《道標の岩》】
【特性:極めて安定しており、数トンの荷重にも耐えうる】
「あの岩なら、びくともしない。問題は、アストレアの鎖が届くかどうかと、それを操るあんたの集中力だけだ」
デュランは、俺の顔と、対岸の岩を交互に見た。
そして、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「……面白い。やってみる価値はありそうだな」
彼は、荷車の前に立つと、左腕のアストレアを対岸へと向けた。
精神を集中させると、銀色の義手が駆動音と共にその姿を変える。
「――第二解放、『引力鎖』!」
腕の装甲から射出された魔力の鎖が、生き物のように対岸の巨岩へと伸びていく。
鎖は見事に巨岩に巻き付き、その先端をアンカーのように食い込ませた。
「……よし、かかった!」
デュランの額に、汗が浮かぶ。
彼は、ゆっくりと鎖を巻き上げ始めた。
荷車が、ギシギシと音を立てながら、少しずつ亀裂の上を滑り始める。
だが、荷車の重さは、想像以上だった。
デュランの足が、地面にめり込んでいく。
「ぐっ……! くそ、重てえ……!」
「デュラン、無理しないで!」
リナが、悲鳴に近い声を上げる。
このままでは、デュランの体力が尽きるのが先だ。
何か、何か方法はないのか?
俺は、再び鑑定を発動する。
この状況を打開する「未来」はどこだ?
スキルが、二つのものに共鳴した。
一つは、荷車の車輪。
もう一つは、祈るようにデュランを見つめる、リナだった。
【対象:リナ】
【未来価値:《救国の聖女》】
【現在可能なスキル:聖なる祈り(小)→応用:対象への『祝福』による一時的な性能向上】
これだ!
「リナ! 祈ってくれ! デュランの力が、もっと強くなるように!」
俺の言葉に、リナはハッと顔を上げた。
彼女はこくりと頷くと、デュランに向かってそっと両手を差し伸べた。
そして、あの夜と同じ小さな祈りの歌を口ずさみ始める。
彼女の体から放たれた温かい光が、デュランの全身を、そして銀色の義手アストレアを包み込んでいく。
「……なんだ、これは。力が……!」
デュランが、驚愕の声を上げる。
アストレアの輝きが、先ほどよりも一段と増し、鎖を巻き上げる速度が目に見えて速くなった。
「いけるぞ……! うおおおおっ!」
デュランの雄叫びと共に、荷車はついに亀裂を乗り越え、対岸の地面へとたどり着いた。
デュランは、その場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返している。
リナもまた、力を使い果たしたのか荷台にぐったりと座り込んでいた。
俺は、二人に駆け寄った。
「デュラン、リナ! 大丈夫か!?」
「……ああ。大したこと、ねえよ」
デュランは、汗を拭いながら、ぶっきらぼうに言った。
「それより、小僧。あのガキの力、やはり只者じゃねえな」
「だろ?」
俺は、誇らしげに笑った。
リナは、少し恥ずかしそうに、しかし、満更でもないという表情で俯いている。
自分の力がまた誰かの役に立った。
その事実が、彼女の心を少しずつ癒しているのが分かった。
俺たち三人は、顔を見合わせた。
そして、誰からともなく笑い出した。
不可能だと思われた試練を、また一つ、俺たちは乗り越えたのだ。
俺の「知恵」、デュランの「力」、そしてリナの「聖性」。
バラバラだった俺たちが、一つのチームとして、確かに機能し始めている。
俺たちの国づくりという、途方もない夢物語。
それはもう、ただの夢じゃない。
こうして、一つ一つの困難を乗り越えていった先に、必ずその未来はあるのだと、俺は確信した。