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神代の義手、その名は

「――合格だ」


 鍛冶神グラン・ドワーノンの低い声が、再燃した心臓炉の轟音に負けないほど工房の中に響き渡った。

 その言葉に、俺たちは安堵のため息を漏らす。


「貴様らの依頼、この鍛冶神グラン・ドワーノンが、確かに聞き届けた」


 彼は、俺たちの前に立つと、まずデュランの失われた左肩に、まるで値踏みするかのような厳しい視線を送った。


「片腕の騎士、デュランとか言ったな。お前が使い手か。面白い。魂の輝きはまだ曇っているが、芯は悪くねえ」


 次に、俺の後ろに隠れるように立つリナを見る。


「そして、そこの小娘。お前が乙女か。聖なる力の気配はするが、まだ己の器を全く理解しちゃいねえ。これからが楽しみな原石だ」


 そして最後に、グランの鋭い視線が俺を射抜いた。


「だが、一番面白いのは、お前だ、小僧。ユキと言ったか」


「お前には、剣の才も、魔法の才も、聖なる力も感じられん。だが、貴様はあの炉の封印を解くための『手順』を、まるで答えを知っているかのように見つけ出し、そこの二人を的確に導いた。貴様のその眼、一体何だ?」


 彼の問いは、核心を突いていた。

 この伝説の鍛冶師に、嘘は通用しないだろう。


 俺は覚悟を決めた。


「俺のスキルは【未来価値鑑定】。あらゆる人や物の到達しうる最高の未来価値が見えます」


「……未来価値、だと?」


 グランは、長い髭を扱きながら、興味深そうに目を細めた。


「ハッ、面白い! 未来を見る眼か! そいつは、どんな名剣よりも、どんな魔法よりも強力な武器だ。なるほど、貴様があの二人を連れている理由が分かったぜ」


 彼は、満足そうに頷くと、俺たちが運び込んだ《天空鋼》の原石の前に立った。

 彼は、原石の表面をまるで愛しい我が子を撫でるかのように、優しく、しかし丹念に調べ始める。


「……間違いない。純度、魔力伝導率、どれをとっても、俺が知るどんな金属よりも上だ。こいつは、神代の時代の遺物か、あるいはそれ以上か……」


 グランの目が、職人のそれへと変わる。

 彼は、デュランに向き直った。


「デュランよ。お前の望みは失われた左腕の代わりとなる義手だな?」


「ああ。頼む」


「フン、ただの義手なんぞ、俺は作らん。俺が打つのは、お前の魂の半身となる『相棒』だ。お前の右腕以上の力を持ち、お前の意志に完璧に応える、最高の傑作をな」


「ただし、時間はかかる。最低でも十日はこの工房に籠ることになる。いいな?」


「いくらでも待つ。あんたを信じよう」


 デュランとグランの間で、言葉はなくとも魂と魂がぶつかり合うような熱い火花が散った。


 ♢


 その日から、グランの工房での俺たちの奇妙な共同生活が始まった。

 グランは、心臓炉の火をさらに強くすると、たった一人で《天空鋼》の精錬作業に入った。

 カン! カン! という、リズミカルで、力強い槌の音が昼夜を問わず工房に響き渡る。

 その音はまるで新しい命の産声のようにも聞こえた。


 俺とリナ、そしてデュランには、グランから一つの仕事が与えられた。


「工房の掃除と俺の飯の世話だ。それと、そこの小娘。お前は毎日、あの炉に向かって祈りを捧げろ。お前の聖なる力が、炉の火を清め、鋼に宿る力を最大限に引き出す」


 グランは、俺たちの力を義手作りのプロセスに組み込もうとしているようだった。


 リナは、最初は戸惑いながらも、毎日懸命に炉に祈りを捧げた。

 すると、不思議なことに炉の炎はより清浄な輝きを増し、工房全体が温かい光で満たされるようになった。

 彼女は、自分の力が誰かの役に立つということを少しずつ実感し始めていた。


 デュランは、グランの助手を務めた。

 巨大なふいごを動かしたり、精錬された鋼を運んだりと、力仕事が中心だったが彼は文句一つ言わなかった。

 グランの神業のような槌さばきを、食い入るように見つめる彼の横顔は真剣そのものだった。

 彼は、失われたものを取り戻すのではなく、新しい自分に生まれ変わろうとしていた。


 そして、俺。

 俺は、二人の世話をしながら、グランの仕事を見ていた。

 そして、彼が時折、設計図とにらめっこしながら頭を悩ませていることに気づいた。


「グラン様、どうかしましたか?」


「……『感応蔦』だ。こいつを神経ケーブルとして鋼に編み込むんだが、どうにも馴染みが悪い。デュランの闘気と、鋼の魔力が互いに反発し合ってやがる」


 俺は、すかさず鑑定を発動した。

 対象は、設計図と、精錬された《天空鋼》、そして編み込みを待つ『感応蔦』。


【対象:義手の設計図】

【未来価値:神代の義手《銀臂シルヴァーアーム》】

【問題点:闘気と魔力の調和不足】

【解決条件:リナの聖なる力で清めた『精霊の雫』を、接着剤として使用すること】


「グラン様。一つ、試してみたいことがあります」


 俺は、リナに頼んで祈りを込めてもらった『精霊の雫』を、グランに差し出した。


「これを、蔦と鋼を繋ぐ接着剤として使ってみては?」


 グランは、訝しげにそれを受け取ったが、俺の眼に宿る確信を見て、何も言わずに試してくれた。

 すると、今まで反発しあっていた二つの素材が、まるで磁石のように吸い付き、完璧に融合したのだ。


「……小僧。お前のその眼、やはり只者じゃねえな」


 グランは、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


 ♢


 そして、十日目の朝。

 ついに、その時は来た。


 工房の中央に置かれた金床の上に、一つの義手が置かれていた。

 それは、まるで月光をそのまま固めたかのような、流麗で美しい銀色の腕。

 《天空鋼》でできたそれは、金属でありながら、どこか生命の温かみすら感じさせた。


「……これが」


 デュランが、息を呑む。


「ああ。俺の生涯最高傑作だ」


 グランは、満足そうに言った。


「そいつは、お前の闘気に呼応して、その姿を三段階に変える。そして、お前の意志のままに動く、もう一つのお前の腕だ」


「さあ、着けてみろ。お前の『相棒』だ」


 デュランは、ゆっくりと震える右手でその義手に触れた。

 そして、失われた左肩にそれを装着する。


 その瞬間、義手とデュランの体がまばゆい光で結ばれた。

 彼の中で眠っていた闘気が、新たな器を得て奔流のように溢れ出す。

 義手は、まるで生きているかのように脈動し、デュランの体に完璧に馴染んでいった。


 デュランは、ゆっくりと、銀色の左腕の指を、一本一本、確かめるように動かした。

 握り、そして、開く。

 その動きには、何の遅延も違和感もなかった。


「……動く。まるで、俺の本当の腕みたいに……」


 彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 失われたものが、戻ってきた。

 いや、それ以上のものが、今、彼の手に宿ったのだ。


「そいつに、名を付けてやれ。お前が、そいつの主だ」


 グランの言葉に、デュランは頷いた。

 彼は、銀色に輝く自らの左腕を見つめ、静かに、しかし力強くその名を告げた。


「――こいつの名は、『アストレア』だ」


 正義の女神の名を。

 彼が騎士として決して忘れなかった魂の名を。

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