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巫女たちの関ケ原  作者: 結神景司
3/6

夜襲

 関ケ原まであと四里に達したところで、仏教軍の動向を探っていた忍びが信濃国巫女(しなののくにのみこ)諏訪凜香の元に駆けてきた。


「敵に気取(けど)られてはおらぬな」


 凜香は馬を走らせながら並走する忍びに声をかけた。


「はっ。怪しい者はすべて討ち取っております!」


「敵の備えはどの程度進んでおる?」


「鉄砲隊の前面に、二重の柵を築こうとしておりますが、まだ穴だらけでございます!」


「大儀であった。引き続き気取られぬようにな!」


 忍びは一礼すると、関ケ原方面に全速力で駆けていった。


 しばらくすると関ケ原の東にある南宮山が見えてきた。


「敵は我らが南宮山の南から来ると警戒しているはずだ。あえて遠回りだが、北から回り込もう」


 先頭を走る凜香が腕で方向を指し示す。


御意(ぎょい)!」


 信濃国守(しなののくにのかみ)牧野信義以下、二千五百の騎兵が方向転換した。飛騨国の騎馬弓兵五百もそれに続く。

 


 ◆


 ()の下刻(午後11時)の関ケ原は新月の闇に包まれていた。


「神道軍に動きはあったか?」 


 仏教軍五千を預かる護国坊玄真(ごこくぼうげんしん)が軍師に尋ねる。


「関ケ原の我が軍を見て、一部がこちらに向かっているようでございます。ここに来るには二日はかかるかと思われます」


「草津の北辰院(ほくしんいん)様の軍はどれくらいで関ケ原に着くか?」


「およそ三日ほどかと思われます」


「二万五千の軍と千丁の鉄砲を見て神道勢は驚くだろうな」


「いかにも」


 玄真と参謀はほくそ笑んだ。


 ◆


 (とら)の上刻(午前四時)には見張りの者以外の仏教兵は深い眠りに落ちていた。


 突然、夜闇の空気を切る無数の音とともに大量の矢が仏教軍の陣に降り注いだ。大地に寝そべった兵たちに次々と矢が刺さる。方々でくぐもった呻きや悲鳴が上がった。大量に降り注ぐ矢に、仏教軍の陣は騒然となる。


「敵襲!」


 叫んだ見張りの兵の額に矢が刺さり、(くずお)れた。


「護国坊様に(しら)せるのだ!」


 本陣に向かって走り出した伝令の肩に矢が刺さった。伝令は痛みを堪えて走る。


 ◆


「申し上げます! 敵襲でございます!」


 肩に矢が刺さった伝令が本陣に駆け込んだ。前線でただならぬ声が上がっているのに気づき、玄真は目を覚ましていた。


「敵の規模はどれくらいだ?」


「わかりません!」


「馬鹿者。敵の姿を認めてから報せよ!」 


 玄真は伝令を一喝したが、新月の夜で敵が見えないのは承知していた。近くの南宮大社に数百人規模の兵がいる。夜闇に紛れて牽制してきたのだと玄真は思う。


「慌てるでない! 敵は少数である!」 


 玄真が叫んだ直後、夜闇に鬨の声が響く。地面からおびただしい(ひづめ)の響きが伝わって来た。西国で神道軍と何度も戦ってきた実戦経験が豊富な玄真は、攻め込んでくる神道軍が数百人規模ではないことを瞬時に悟った。鉄砲を千丁擁しているとはいえ、夜は火縄を点けておらず狙いも定められない。


 玄真は、ふと伝令の肩に刺さっている矢の赤い矢羽根に眼を遣った。


「これは、飛騨弓兵のものではないか!」 


 玄真は鉄砲隊を率いて京都攻防戦に参戦していたが、射程は鉄砲に劣るものの正確な狙いと連続して放たれる飛騨弓兵に苦戦していた。


「飛騨軍はまだ木曽川にいるはずです!」


 軍師が叫んだ。散発的に鉄砲の音が夜闇に響く。慌てて火縄を点けて放たれたものだろう。視界がある昼で集団的に用いない限り鉄砲は役に立たないことは明らかだった。


 ◆


 飛騨の騎馬弓兵五百が、一斉に仏教軍の陣に矢を放った。飛騨弓兵は練度が高く、正確に連射で仏教軍に矢の雨を降らせた。


 仏教軍の陣が大混乱になっているところに、信濃の騎馬兵が襲い掛かる。昼間であれば鉄砲隊が狙いを定め、騎馬の勢いを止めていただろうが、夜闇では鉄砲は無力だった。前線から本陣に向かって兵たちはバラバラに逃げてきた。


「うろたえるでない! 陣を支えるのだ!」


 玄真が叫ぶが、突然の夜襲で動揺した前線の兵は浮足立っていた。本陣に構える兵たちの間にも動揺が伝わっている。


「槍兵、前へ! 敵を止めるぞ!」


 玄真が指示の声を上げる。


「敵はどこの兵だっ!」


「信濃の旗印が見えます!」 


 見張りの兵が叫んだ。


「信濃だと? 五十里以上あるのに既にここに居るのか?」


 そこに大量の矢が降り注いできた。玄真の耳元を矢が掠めた。前に立っていた軍師がゆっくりと倒れた。額に矢が刺さっている。


「飛騨の弓兵と信濃の騎馬兵か……いつの間に……油断した! 支えろ、この陣を支えるのだっ!」


 玄真の槍兵たちが分厚い槍衾を敷いて本陣の前で構える。そこに信濃の騎馬兵が襲い掛かる。先頭の騎馬兵は複数の槍に突かれてて絶命した。だが信濃騎馬兵たちは勢いづいていて、次々と攻めかかり、すぐに槍衾が破られた。分断された槍兵は背後に回られて混乱し、次々と騎馬兵に討ち取られていった。


「くっ……強い……だが、ここでこの陣を捨てるわけには行かないのだ!」


 玄真は槍を取った。そこにひとりの巫女の騎馬兵が乗り込んできた。


「そちらはこの陣を率いる僧とお見受けした! 我は信濃の戦巫女頭(いくさみこかしら)新海未菜(しんかいみな)なり!」


 ふっ、と玄真は微笑む。


「女が戦場(いくさば)に出て来るとはな……舐められたものよ」


「名を名乗られよ!」


 未菜が叫ぶ。


「女になど名乗るまでもないわ!」


 玄真が未菜に槍を突きかけた。玄真は僧兵として修羅場を乗り越えて来た自負がある。


「何……?」


 玄真の胸は未菜の槍に貫かれていた。何が起きたのか信じられない、と眼を見開いたまま玄真が頽れた。

 


 ◆   ◆

 


 夜が明け、中山道を関ケ原に向かう仏教軍の総大将、北辰院智栄(ほくしんいんちえい)のもとに報せが届いた。


「何? 玄真が討ち取られただと?」


「はっ。飛騨勢と信濃勢に夜襲をかけられてございます!」


「して、鉄砲隊は?」


「ことごとく討ち取られております!」


 智栄は唇を噛んだ。

 

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