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昨日あの人と別れたところまで行ってみることにした。
話をすると詩織も付いてきた。
不安そうな顔を見ると、やっぱり昨日の出来事は幻だったのではないかと私も不安になる。
停車した所で降りてみて、足が竦んだ。
昨日は暗くて気が付かなかった。
「ねえ、本当にここで別れたの?」
「なんで、?どういうこと!?」
目の前に広がるのは誰が見たって墓地そのもので。
まばたきを何度しても一向に広がっている墓地に、私の叫びが響く。
「近くに、家があるって。新しい…」
見渡しても家なんてあるはずがない。
「真琴、あれ」
詩織が指を差す方には墓地の入口。
石柱に掛かって風に靡く、私が昨日着てたジャケット。
「ここ、私来たことある」
「…うん」
「まつりの、」
「真琴」
「なんで、なんでここなの」
「真琴…」
ジャケットを取ると足元に落ちた枝。
「まだ蕾だ、」
堅く閉じた蕾が枝にいくつか付いていた
「ハナミズキだよ、それ」
花に詳しい詩織が言うんだから、間違いない。
真っ白な蕾のハナミズキ。
「詩織、私確かめたいことがある。」
「…付き合うよ。」
「たしかg-126…」
あの日、確かにその場所にまつりは入ってしまった。
この目で見て、私も土をかけた。
もどかしさに耐えられず走っていくと、まつりの名前が掘られた石があった。
「まつり、なにしてんの…」
墓石に掛けられた、パールホワイトに紫の刺繍が入ったドレスには、はっきりと珈琲の染みが付いていた。
「うそ…」
詩織が息を呑む音が後ろから聞こえる。
「…詩織、このドレスって誰にでも手に入れられるもの?」
「無理。」
「商品化したとか」
「してないよ、これはふたりの為に作ったんだから。一つしか存在しない」
「…そっか」
染みのついたドレスを抱いて、墓石の前に膝を付いて座る。
「だってよ、まつり。これ、世界に一つしかないってさ。」
「真琴、昨日会ったのって…」
「、っ言って、くれればさあ」
零れた涙が石を色づかせた。
「話したいことたくさんあったんだよ。伝えたいことだって、数え切れないくらい。」
なんで言ってくれなかったの。
私だよって。
「私がまつりのこと忘れたって思っちゃったかなあ。」
「最後だって分かってたら、あの時まつりだって分かってたら全部伝えたのに」
「忘れるはずない、忘れられないのに」
私の腕の中で最期にまつりは“忘れていいよ、だから笑って”そう言った。
そんなこと、出来るはずがない。
だからもう一度会えたなら、せめてふたりで笑い合いたかったのに。
「最後に悲しませちゃってたらどうしよう、」
「…大丈夫だよ」
詩織は私がハナミズキを握る手を包みこんだ。
「大丈夫。」
「私、忘れなくてもいいのかな、」
「いいよ。」
墓石の後ろには、時期外れの勿忘草が咲いていた。