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久々の外はすっかり冬景色。
「もう冬かぁ…」
「真琴が最後に出てきたの初夏だったからね。」
「…まだ昨日の事みたいだよ」
いつまで経っても忘れられないだろうけど。
いつか笑って話せるようになるんだろうか。
「真琴、ちょっと朝加さん迎えに行ってきていい?」
「いいよ。挨拶回りもあるんでしょ?ごゆっくり。」
「ありがとう。久々なんだから無理しないようにね。」
「はいはい」
給仕に飲み物を貰いに行く途中、何人かに声をかけられた。
詩織とは古い知り合いだから、詩織の身内は大体顔見知り。
“元気になったのか”
そんな問が何度も投げられた。
元気になんてなれるわけがないだろう。
そう思いながらも笑顔で返す。
「赤を」
グラスを受け取って、テラス横のカウンターに凭れる。
曲に合わせて舞う人達を何か箱の外で見ているような感覚。
自分が生きているのか、死んでいるのか。
一緒に死ねていたならこんな思いをすることもなかったろうに。
「ん…?」
視界の中で重なり合う人の隙間を抜けて、見憶えのある横顔が見えた。
そんなわけない。
あの人は、もう居ないんだから。
頭では理解していた。
それでも体は勝手に飲み欠けのグラスを置いて、引き寄せられるようにその人の元へ。
生き写しのような、パールホワイトに紫の刺繍が入ったドレスを纏ったその人に声を掛けた。
「…まつり?」
思わず呼んだその名前に少し驚いたような顔をして、首を傾げた。
「あ、えっと、踊らないのですか」
振り返った顔も、控えめな笑顔もそっくりで。
「相手が居ないので、眺めていようかと。」
「それなら私がお相手しても?」
「…ええ。」
触れた手は凍てつくように冷え切っていた。
一曲踊ってからテラスに出る。
「温かいものでも飲みましょうか。」
珈琲を頼むとそれを熱そうにゆっくり飲む。
そういえばあの人も熱いものが苦手だった。
自分のカップに視線を落とすと、反射した月が縁に引っ掛かっていた。
聞きたいことは山ほどある。
「あの、あなたは…」
その問いが届く前に誰かがぶつかって、その人が飲んでいた珈琲がカップから逃げた。
「あっ」
「大丈夫ですか、火傷は?」
アスコットタイを抜き取ってドレスにかかった珈琲を拭く。
「ごめんなさい、!」
「拭くだけでは染みは取れませんね…ドレス、お気に入りでした?」
「…はい。今日初めて袖を通して。」
「もし色が上手く抜けなかったら主催の跡取りが服飾専門ですから、話してみては?」
「そうします。それよりあなたのタイが…」
「これはそろそろ買い換えようと思ってましたから。気にしないで。」
何度も申し訳なさそうに謝るその人はやっぱり悲しそうで。
余程このドレスを気に入ってたんだろう。
あの人の棺に入れたドレスによく似てる。
流行りの形なんだろうか。
詩織に頼んでいた物だから、商品化でもされたのか。
「あ…もう帰らないと、」
「夜更けだし送りますよ。」
バーテーブルに置いたカップに映った月はすっかり真ん中まで移動していた。
「家はすぐそこなので大丈夫。あなたはゆっくりしていった方が、」
「私ももう帰りますから。実は今日久々に外出したので疲れてしまって。」
「そうですか…ごめんなさい、」
「謝らないで、私はあなたと一緒に帰る理由をこじつけているわけですから。」
私の家の馬車に乗せるために手を取ると、変わらず手は冷たくて。
よく見れば何も羽織っていなかった。
「これ、どうぞ」
ジャケットを脱いで肩に掛ける。
「そんな、申し訳ないです」
「いいんです。これも口実に過ぎませんし」
「口実?」
「あなたにまた会うための。」
揺れる馬車の中、私のジャケットを肩にかけたまま俯いてしまった。
泣いているように見えたけど、顔を上げたときには笑顔で。
思い過ごしだったようで安心する。
「私はこの辺りで、」
「ここですか?」
「ええ。新しい家がすぐ近くなので」
馬車を停めさせて一緒に降りる。
送って行こうとするとまた申し訳ないと遠慮されてしまった。
「これ、ありがとうございました」
「まだ歩くのなら持って行ってください。それに、」
「あ、“口実”…?」
「いいですか?」
「…ええ。必ずお返ししますね。」
馬車に乗り込むと、せめて見送らせて欲しいと言われてしまったのでそうすることにした。
不思議な人。
本当にあの人だったりして。
本当は生きていたのかもしれない。
病気のせいで私の事を忘れてしまって、それでも何かが惹き合わせてくれたのかも。
そんな物語のような幻想を考えながら涙に溺れた。