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結婚初夜「私を愛する必要は無い」と夫に言いましたが、すでに手遅れでした

作者: 望月ソウ

「私を愛する必要はありません」


 新婦は、その日結婚したばかりの新郎に言った。




「「……………」」




 二人は図らずも、互いを思い合う()()の新婚夫婦のように見つめ合った後、新郎が呆れたように言った。



「……まだそんなことを言ってるんですか。私はもうあなたを離しません」



 子爵家の一人娘シェリーと侯爵家の次男であるクラヴィスは、この日晴れて政略結婚により夫婦となった。

 そう、政略結婚のはずであった。


 夫となる人に家の経営を任せたかったシェリーとしては、クラヴィスが子爵家に婿に来てくれるだけでありがたかった。

 それゆえ親切心から『私を愛する必要は無い』と伝えたつもりだった。

 しかし、夫からは予想外の言葉が返ってきたのだった。


 クラヴィスはシェリーの手を自然に絡め取りながら言う。


「シェリー様。僕はあなたと結婚したくてここにいるのです。それとも本当は僕がお嫌ですか?僕は領地経営だけしていればいいと?」


 26歳のシェリーより6歳年下の夫は、途端に瞳を潤ませシェリーを見つめる。

 婚約期間も一定の距離を保っていた二人なので、そんな至近距離で見つめられてシェリーは動揺するばかりである。


「い、いえ、そういう意味では…」


 シェリーはかろうじて言葉を返す。


(どうしたの?!普段しっかりしているのに、こんな時だけ年下みたいに上目遣いで甘えてくるなんて!いえ、年下なんだけど。でもそもそも私達、利害の一致婚でしょう?)


 ***


 クラヴィスは、ヘルダー子爵家より格上である侯爵家の嫡子である。

 しかし、次男であることから子爵家に婿入りすること自体には障害は無かった。

 一般的に彼のような立場の者は王室に直接仕えるか、領地経営をやりたくない貴族令嬢と結婚するのが現実的な進路である。


 一方のヘルダー子爵家は、高位とは言えない家柄だが、地下資源が豊富な領地を所有しており、腕に覚えがある者にとってはその手腕が発揮できる充分に魅力的な婿入り先であった。


 ***


 結婚式の8か月前──


 ある日の夜、シェリーは滅多に顔を出さない夜会に義理でやむを得ず参加し、最低限の挨拶だけ済ませ早々に退出しようと外に出た。

 早く帰りたくて慌てていたのか、迎えの馬車へ向かう途中、同じく夜会の出席者であろう青年とぶつかってしまった。


 その時は気づかなかったが、屋敷に戻りドレスを脱ぐと、紋章入りのブローチが床に落ちた。

 社交に疎いシェリーにはすぐには思い出せないが、どこか高位貴族の家紋だったような気がする。

 調べるとカルダーノ侯爵家のものであることが分かりすぐに連絡を取ると、大切な物なので出来れば直接届けてくれないかと言う。

 ぶつかった人物は、カルダーノ侯爵家の次男であるクラヴィスという青年だった。

 シェリーはその場で謝罪はしたものの、ぶつかってしまった動揺と、屋敷の外の薄明かりだったこともあり相手の顔はほとんど見ていない。

 

 社交から距離を置いているシェリーには彼に関する情報が無かった。

 ブローチを届けるに当たって念のため人となりなどを周囲に尋ねてみれば、人柄も素晴らしく、容姿もおそろしく整った完璧な青年らしい。

 

(直接届けて欲しいだなんて少し警戒してしまったけど、本当に大事にされている物なのね。ぶつかってしまって改めて申し訳なかったわ。)



 そうして、シェリーとクラヴィスはカルダーノ家のガラスの温室(コンサバトリー)でテーブルを挟み二人、向き合ったのだった。


「無理を言って申し訳ありません。ご足労いただきありがとうございます」


「いえ、先日は慌てていてご迷惑をおかけしてしまいました。改めてお詫び申し上げますわ」


「こちらこそ取りに伺うべきところなのですが、帰国したばかりで何かとバタバタしておりまして」


 隣国からの留学を終えた直後だというクラヴィスは、年下と聞いていたのに随分落ち着いた雰囲気の青年だった。

 事前に耳にした噂話を聞いて覚悟していたが、想像より遙かに美しい。

 温室の光を受けて、瞳が極上の宝石みたいにキラキラと輝いている。

 

 二人はしばらく話をした後、クラヴィスは言った。

「お会いしたばかりで性急だと思われるかもしれませんが、よろしければ結婚を前提に今後もお会いいただけませんか」



 ***



 シェリーには実は前世の記憶があるのだがかなりおぼろげで、しかもそれを初めから持って生まれた訳では無い。

 14歳まではごく平凡な子爵家の跡取り娘として育った。

 ある日、馬車で暴漢に襲われ頭を打ち、一週間後に目を覚ました時には2つの人生が頭の中に交錯していた。

 母親が亡くなってしばらく後のことだった。


 頭を打った衝撃で混乱しているだけだと自分で判断して、しばらく様子を見ていたが、混乱や錯乱と言った類のものでは無いとやがて理解した。

 父や医師に知らせるきっかけは失ったが、結果的には話さなくて良かったと思っている。


(どうせならお母様が亡くなる前に思い出していたら、今も生きておられたかしら)


 そう考えたこともあったが、この世界の医療水準ではどうしようも無かったと自分を慰める。


 今いるのは前世で読んだ本の世界だと思うのだけど、フィクションだったのか、史実に基づいた実話だったのかまでは思い出せていない。

 記憶は最初に一気に甦ったあとは、白昼夢のように本の一節や前世の些細な出来事がたまに不意に閃くくらいだった。

 それも思い出せなかった人の名前を思い出す程度の小さなことばかりなので、もう人生を変えるような大きな物は出てこないだろうと勝手に安心しているのだが──


 ***


 前世らしきものを思い出したのが、ある程度人格が固まった後の14歳という年齢だったのは、シェリーにとって幸いだった。

 元の聡明な性質に加え、過去の(おそらく成人の)人格に引きずられること無く成長したことで、新たに加わった記憶や知識を上手に取り入れることが出来た。


 過去の人格に影響を受けて変化した面もあるものの、シェリー自身はそれを肯定的に捉えている。

 例えば人生観が変わったのはその影響の最たるものだろう。

 前世の自分は、はっきりとは思い出せないが、大きな組織に属して目の前の仕事をただこなしていたようだ。

 そうした記憶が無ければ、シェリーは必死になって結婚相手を探し、家を繋いでいくことに躍起になっていたかも知れない。

 しかし、おそらく平均的な家庭に生まれたであろう前世の自分と、金銭的に恵まれた自分が併存している今、惰性でそのような生き方をすることには意味を見いだせなかった。

 そんなときふと『ノブレスオブリージュ』という概念が浮かんだ。


(これだわ!)


 それ以来シェリーは社交や貴族社会の付き合いは最低限に留め、孤児院の運営や寡婦の支援などに力を注いでいる。


 ***


 貴族令嬢らしからぬ振る舞いが敬遠されたのか、シェリー自身の魅力の問題なのか、子爵家としては財政状況も悪くない筈なのに、中々結婚相手が見つからなかった。

 慈善活動は貴族のたしなみではあるが、シェリーのそれはたしなみの範囲を超えていたからかも知れない。


 ところがここに来て、侯爵家の次男で、能力も、ついでに容姿も申し分の無いクラヴィスが何故か子爵家の婿入りに名乗りを上げたのであった。


「私は長くこの国を離れていて婚約なども後回しにしていたのですが、帰ってきてすぐにあなたのような女性に巡り会えたのは僥倖でした」


 シェリーは、意外と落ち着いてこうした言葉を受け止めることが出来た。

 クラヴィスに『結婚を前提に』と提案されたときは心底驚いたが、その後冷静になって考えると年齢差以外は確かにお互いにメリットがある結婚だった。


(我が家は政略結婚の相手として条件が揃っているものね。政略結婚相手にも平気でこういう台詞を吐くのはさすがクラヴィス様。私も貴族令嬢らしく返すわ!)


「まあ。もったいないお言葉ですわ」


(………シェリー様にこちらの意図はちゃんと伝わっているのかな?何か誤解されている気がする…)


 シェリーのどこか淡白な態度を見てクラヴィスは一抹の不安を感じたが、その予感は実際当たっている。


 父であるヘルダー子爵が、子爵家にとって有り難いはずの縁談を特別喜んでいる風でも無いのはシェリーにとって意外だったが、特に反対されることも無く話は着々と進んでいった。


 ***


 クラヴィスは噂通り、内面も素晴らしい人だった。

 留学から帰ってきて忙しいはずなのに、時間を見つけては子爵家に会いに来てくれたし、シェリーも誘われては侯爵家を訪れた。

 彼はシェリーが運営する孤児院にも一緒に来てくれたし、数年は子供達が困らないくらい寄付もしてくれた。



「正式に婚約していただけませんか」


 もはや恒例となったコンサバトリーでのお茶会(デート)で、いつもと少し違う改まった態度のクラヴィスは言った。


 しかし、シェリーが驚きやあるいは喜びを感じる前に、頭の中に記憶が湧き上がった。


『ヘルダー子爵には王室予算の横領の容疑ががかっています。お父上の取り調べが済むまで、あなたにはここで過ごしていただきます』


 前世で読んだであろう本の一節────


 思い出すのは知人の名前程度の、小さなことばかりだと思っていたのに、シェリーの人生に係わる重大なことを突然思い出したのだった。


(なんで…)


 私は初めて自分の前世を恨んだ。

 初めはクラヴィスとの関係性を捉えかねていたシェリーだったが、彼の誠実さとまっすぐな瞳に絆され、彼と歩く未来を現実のものとして考え始めていた矢先のことだった。


(彼はヘルダー家の不正を内偵している調査官だわ…)


 まだらに浮かんだ記憶の断片を総合すると、彼はただの王命で私に近付いただけだったようだ。

 二人が結婚したという記憶は無いから結婚式までの間に証拠が固まり、父は断罪されるのだろう。


 とっさに返事が出来なかった。


「……シェリー様?」

 

 クラヴィスの声にシェリーはハッとして彼を見つめた。

 クラヴィスの顔がこわばっているように見えた。

 これまでであれば、さすがのクラヴィス様もプロポーズに緊張しているのだと思ったところだろう。

 でもたった今、この関係の真実をシェリーは知ってしまった。

 王命とは言え目の前の女を騙す罪悪感か、自らの任務が成功するかどうかの瀬戸際だからか。


(外から調べるのに限界があったのかしら。娘を使って確実な証拠を掴むためってところかしらね。)

 

 不正を暴いたら婚約を破棄しておしまい。

 ヘルダー子爵の破滅は記憶にあるけどその娘の末路なんて些末なこと、いくら前世の記憶を辿ってみても見つからなかった。

 

『あぶなかった。彼を好きになるところだった。

 本当に好きになってたらとてつもなく辛い思いをするところだった。好きになる前で良かった』


 シェリーは自分に言い聞かせた。


 ***


 シェリーは、断罪までの形ばかりの婚約とは分かりつつ申し出を受け入れた。

 子爵家の運営はクラヴィスがいずれ行ってくれて、孤児院の運営などはこれまで通り続けていいという、シェリーにとって都合のいい条件ばかりが提示された。

 

(クラヴィス様は、どうせ実現することはないのだからとでも思っているのかしら。)


「シェリー様は新婚旅行というものをご存じですか?」

「新婚旅行とは?」

「最近、結婚の記念に旅行することが流行っているらしいですよ」


 彼が楽しそうに言う。

 昨日までは婚約者同士の語らいだったそれも、事情を知ってしまえば恐ろしく残酷な行為だ。

 

 万が一シェリーが婚約破棄などと言い出したら困るから婚約者らしい体裁は整えて、リスクは避けておきたいというところだろう。


 (それでも…ありもしない未来を期待させるのは、ひどくない?私はどうしたらいいんだろう。)

 

 シェリーは何か解決策を探さねば自分の未来が危ういこととは思っていたが、何か対策を打つにはあまりに情報が少なかった。


 いつ捨てられるのか不安を抱えながら会うのは辛いし、会えば彼はまるで本当に私のことを思ってるみたいに振る舞うから苦しい。

 いい加減彼から離れなくてはと思いつつ、それらしい理由も見つからずにズルズルと結婚式の日を迎えてしまったのであった。


(あれ?お父様の断罪は……!?)



 ***



 シェリーはクラヴィスに突然婚約を申し込まれたと思っているが、実は彼らの出会いは8年前に遡る。


 クラヴィスは、早くからその才覚を見出され、まだ外見上は少年であることを最大限に活かして、身分を隠して潜入調査のようなことを行うことがあった。

 その日は平民を装い街にいたところ、騒ぎに出くわした。

 盗みを働いたと思しき子供が店主に捕まってしまったようだ。

 変に目立って調査対象に気づかれる訳にもいかず助けに入るのを躊躇していたところ、一人の年若い女性が割って入った。


「私はヘルダー家の娘です。私に免じて見逃していただけませんか」


 その女性はそう言って、子供を守るように彼らの前に立ち塞がった。

 店主に代金を大幅に上回ると思われる銀貨を渡すと、その店主は納得した様子で店に戻っていった。

 その頃には騒ぎも収まっていたが、クラヴィスは何となく目が離せなくなりその後も様子をうかがっていた。

 すると女性は近くの商店で子供が持てるであろうぎりぎりの量の食べ物を買い、子供に与えていた。

 その後子供に何か言っていたようだが、その子供は何も言わずに走り去ってしまった。


 普段のクラヴィスなら絶対にあり得ないことだが、そのときは何故かどうしても自分を抑えられず、気づくとその女性に話しかけていた。

「盗みを働いたのは子供の方だ。貴族が権力を濫用して街の風紀を乱してはいけない」


 女性はそんなことも分からないのかという顔で言った。

「何言ってるの?権力があるなら今使わなくていつ使うのよ」

 

 幸か不幸か早熟だったクラヴィスは意に染まぬ仕事を強いられることもあった。

 目の前にいる明らかに困窮した子供を見て見ぬふりをすることも、貴族に生まれた以上仕方の無いことだと半ば諦めていた。

 そうではないのだと当たり前のように言う目の前の女性に、少年クラヴィスは大袈裟でなく雷に打たれたような衝撃を受けた。

 すぐにその女性の素性を調べ上げ、それ以来、クラヴィスは恋心と呼ぶには重すぎる執着をシェリーに抱いてきたのであった。


 通常、末端とは言え貴族令嬢がその辺をうろうろしていることなどあり得ない。

 しかしその頃にはシェリーはもう孤児院運営を始めており、必要な物資の調達などで頻繁に街に顔を出していていて、本来出会うはずではなかった時と場所で二人は出会ったのであった。

 そうして彼らの運命は少しずつのずれを重ねていった。


 ***


 ──シェリーが夜会でぶつかる少し前のこと。


 シェリーの父、ヘルダー子爵とクラヴィス・カルダーノはとある場所で向かい合っていた。

 ヘルダー子爵は、ほとんど交流の無いカルダーノ家の子息に突然面会を申し込まれたことを訝しく思いつつ席についた。


「あなたでしたか…」


 儀礼的な挨拶と雑談を済ませた後に、娘との縁談を持ちかけられ、子爵は思わず呟いた。

 娘の縁談が持ち上がる度にどこからか横槍が入り立ち消えになってきたのは、目の前の男が原因だったことを子爵はすぐさま理解したのだった。


 クラヴィスはそれには応えずに、言葉を続けた。

「私はここ数年は隣国で暮らしていましたが、この国の情勢や領地の経営なども国にいる時と同様学んできました」


「娘は貴方より6歳も上であることは当然ご存知なのでしょうね?」

「無論です。私が若輩であるがゆえにお待たせしてしまったことは申し訳ありません」


 自分がシェリーの縁談を妨害していたことをクラヴィスは隠そうともしない。

 娘を愛する(いち)父親としては娘の結婚が妨害されていたことに複雑な気持ちであったが、ここまで手が回せる手腕と娘への執着を感じ取り、それ以上は何も言えなかった。


「お考えは分かりました。しかし、娘のことは娘に任せているのです。この先は娘に直接交渉ください」


 クラヴィスは、仕事上ヘルダー子爵のことは多少知っていたから、この返答は少なからず驚いた。

 普段の子爵の辣腕(らつわん)ぶりからすると娘の結婚も当然政略に利用するものと思われたからだ。

 もちろんクラヴィスとしてはシェリーに無理を強いるつもりは無いため、計画に支障は無かったが。


「娘は不思議な子なのです。妻が亡くなったとき、私は自暴自棄(やけ)になり、悪い仕事に手を染めようとしたことがあります。しかし、何も知らないはずの娘に泣いて縋られて数日つきっきりで過ごすことになり、言い方は変ですがその仕事はタイミングを逃してしまいました」


 クラヴィスはその話を聞いてどこか納得した。シェリーはここではないどこか遠くを見ていることがあるように感じたからだ。


 ヘルダー子爵は続けた。

「あの子の縁談が何者かに妨害されていることには気づいていました。しかし私はあの子に何かを強いるつもりはありません。それは相手があなたであっても同じことです。娘があなたを受け入れれば、私は何も言いません」



 ***



 シェリーは子爵家や彼女自身に問題があって婚約が整わなかったと思っているが、それは事実と異なる。

 むしろ子爵家という貴族の中では末端の家格であることが(クラヴィスにとっては)災いし、ヘルダー家と釣り合う貴族のみならず裕福な商家の子息まで、彼女との縁談を望む者は後を絶たなかった。

 

 シェリーの縁談は王太子の責任ですべて潰すという約束のもと、クラヴィスは隣国に留学という名目で長期の任務についたのだった。

 もちろんその任務の対価はシェリーとの結婚である。


『昔は忠実なかわいい部下だったのになぁ。彼女が君の執着ぶりを知ったら結婚なんてしてもらえないだろうね』


 王太子にはそう揶揄われた。


『あなたの優秀な部下はそんな下手は打ちませんよ』


『仕事と同じように行くかな?

 大体ねえ、彼女の縁談をすべて潰すのは本当に大変だったんだよ。滅多に表には出ないけど、たまに出ればそこら中が彼女に見惚れてダンス申込みの行列が出来てたよ。これなら先に婚約させておけば良かった。いやでもまだあのときは年齢差が…』


 王太子がブツブツ言っているが、シェリーとの婚約をエサに隣国での工作活動に従事させたのは他ならぬ王太子である。

 しかし、クラヴィスにはそんなことより聞き捨てならない発言があった。


『ダンスを踊った男のリストはありますか?消すので』


『………すまない。そこまでは気が付かなかったよ。次から善処するよ…』



 ***



 隣国での任務を終えたクラヴィスは、すぐにシェリーとの関係構築に当たったが、彼女は夜会などの社交の場にはほとんど顔を出さないことから接点を作るのには多少苦労した。

 しかし、そこは王太子(国家権力)を総動員し、シェリーが夜会に出席せざるを得ない状況を作った。

 目論見通り彼女は夜会に出席し、出会いを果たすことには成功したのだった。


 しかし、そこからが案外簡単では無かった。

 他国にいる間も定期的に彼女の様子は報告を受けていたが、自分の差し金で他の男(害虫)との出会いを潰していたことにより、彼女の異性の好みや嗜好に関する情報が乏しいのだ。


(年下は大丈夫だろうか。孤児院で子ども達と接することは多いだろうから庇護欲を刺激した方が?いや、それで弟のように見られてしまっては取り返しがつかない。)


 シェリーが自分を政略結婚の相手としか捉えていないことには気づいていたが、とりあえず結婚して外堀を埋めてから、ゆっくり振り向いてもらえばいいと考えていた。


 しかし、迎えた結婚初夜、クラヴィスは自分の気持ちが思った以上にシェリーに伝わっていなかったことに愕然としたのであった。



「あの…本当に結婚しても大丈夫?私、あなたより6歳も年上だし、継げると言っても子爵位ですよ?いえ、私自身はこの土地に誇りと愛情を持っていますが、クラヴィス様にはもっと…だから、私のことは愛する必要はありませんから…」


 シェリーがブツブツと言っているのを聞いて、クラヴィスはため息を()いた。


「まだそんなことを言ってるんですか。私はもうあなたを離しません。私はあなたを愛しているのです」



(愛????どういうこと!!?)



「あなたが私を都合のいい結婚相手としか見ていないことは知っています。時間をかけて分かっていただくつもりでしたが、あなたをこうして目の前にして、どうして耐えられると思ったのか自分で分かりません」




 二人にとって今夜は長い夜になりそうだった────

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