表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

第2話『パラティヌスの牝狼』



父さんに渡された聖遺物を握り、紫の光が僕の視界を覆った後…。




次に僕が意識を取り戻したのは…。 数歩先も見えない程の暗闇の中だった…。




「…なにが…起こったんだ…?」




頭が痛い…喉も酷く痛む…。それに真っ暗だ…。 ここは何処だろうか…? 空気はカビ臭いし…嫌にジメジメしている…。




一度…ここは地獄なのかとも思ったが… 壁のゴツゴツした岩肌らしき触感(しょっかん)や、湿った空気に、何処かから反響して聴こえる水滴の落ちる音…。




それらの要素を鑑みると…、ここは何処かの洞窟の中だと分かった…。




死んだ訳でも、失明した訳でも無いと分かれば少しは気が楽になった…。




魔術を使えない人間であれば、この暗闇は致命的だが…、幸いな事に僕は魔術の心得がある。




…呼吸を落ち着け…体内の魔力を練る…。


セレノフォト!(明かりよ!)


僕が人差し指を天に突き立て、呪文を唱えると…、 貧血の時のような感覚の後に…人差し指が淡く発光した…。




魔力由来の蒼白い光が、冷たくこの空間を照らす…。




蝋燭一本分程の明かりだったが、足元を照らす分には十分だ…。




しかし、予想通りここは洞窟の中だった…。 こうもりは天井で群れをなして眠り、不愉快な虫たちも居た。 地下水が染み出し、小さな水溜りが幾つもあったが…。 幸いな事にそこまで険しい地形の洞窟ではなかった…。




基本的に一本道のような構造になっていて、僕はとりあえず傾斜になっている道を進み、出口を目指した…。




時折、天井から染み出した水が滴る音が響く。 靴の裏が湿った土を踏みしめるたびに、ぬかるむ感触が伝わる。


ここはどこなのか、どうしてこんな場所にいるのか…。考えようとしても、頭が痛くて思考がまとまらない。




それでも歩き続けるしかなかった。




……そして、数十分ほど歩くと、前方の闇の奥に、かすかに光が見えた。




出口だ。




脚を速める。光はだんだんと大きくなり、足元の岩肌がほのかに照らされる。 地表はもうすぐそこだ。






しかし…あれ程恋い焦がれて来た日の光だと言うのに何処か胸騒ぎがして…、歩みが止まる…。






ふと…周りに目をやると、こうもり達はまるで何かに怯えるように飛び回り…。 空気は重く、稲妻が走るかのように緊張感を孕んでいた…。 全身の毛が総毛立ち、自分の中の第六感が逃げろと警鐘をかき鳴らしている…。 しかし、身体は動かない…。




やがて、何かがこちらに向かって来るような…そんな足音が聴こえた気がした…。 ヒタ…ヒタ…と音を立て、決して走ってはいない速度で…、勝利を確信した捕食者のように。










そしてついには、その足音の正体をこの目で見てしまった…。




洞窟の外からやって来た、その足音の主は…基本的な種の形としては、狼に似ていた…。




しかし、体躯の大きさは大人の人間を簡単に丸呑みに出来る程に大きく…。 気高く、知性を感じさせる鋭き黄金の瞳…。 まるで全てを呑み込んでしまうかのような黒色の毛並み…。




その狼がこの場に存在するだけで、辺りは緊張感に包まれ、息が詰まった…。 確実にそれは人の人知をゆうに越えた存在である事が分かった…。




僕は…呆然としていると…その大狼は僕の手前で歩を止め、その大きな口を開いた…。


「…私が恐ろしいか?虚弱なる鱗ある子よ。」




…なんと、その狼は人の言葉を巧みに操り…こちらに話しかけて来たのだ…。


…僕は…あまりの衝撃と威圧感に、


詰まった言の葉が喉から出ることはなかった…。


…とにかく…恐ろしかった。


「そう恐れることはない。


私はいつでもお前を喰い殺すことは出来るが…。


少なくともお前の態度次第では、そうしないと約束できるだろう…。」




その狼の声は女性の物だった…。


静かに降る雪のようでありつつも、支配者たる…確固たる知性を持った者の声だった…。




「…もっ…目的は…?…私に…慈悲をお掛けになる…その目的は…何なのでしょう…?」


返答次第では殺されてしまう…。


僕は…心臓を掴まれたような心持ちの中…質問を投げかけてみる。


「…哀れなる人の子よ。


…貴様らの信じる神々の守護下からも外れたこの魔界では…、爪も、牙も持たぬ、人間の子供など…一夜を待たずとも魔物に襲われ、骨すら残らなかっただろう…。」




「こ…ここは魔界なのですか…!?」




僕はあまりの事実に驚愕する…。


魔界と言えば…今まさに魔王と人類が大戦争を続けている最中(さなか)の大陸だ…。




「…人の話を遮るとは、結構な事だ…。


そうして今も生きて居られるのも、私がお前を洞窟の奥へと隠した事によるものだと、お前はその小さき心に刻むべきである。」




「…私を救って下さったのですか…?一体…魔物の貴方が…何故…?」


僕は失言を続けてしまうが、否が応にも口が滑って、言葉は続いていってしまった…。


大狼は不機嫌そうな仕草をしながらこう言った…。


「…私は魔物などではない。人々は私をパラティヌスのルパ(牝狼)と呼ぶ。貴様も鱗ある者であるならば、そう呼ぶと良い。」




「…パラティヌス…のルパ(牝狼)…ですか……失礼は重々承知しておりますが…その…鱗ある者とは私の事をおっしゃっているのでしょうか…?


…それは一体…何なのですか…?


私の身体に張り付く、この忌々しい鱗と関係があるのですか…。」




パラティヌスのルパ(牝狼)は、その美しき黄金の瞳を細める…。


「…まず、この私が手間をかけてまでお前を救った理由は、


遥か太古の昔に この私が乳母を務め育て上げた人間の血を…お前が継いでいるからだ。」




「その人間の名はアスカリオス…。


ホルテイアの蛇の女神であるアギステラと、エルコンドのアンティポス王との間に産まれし子であり…。


…お前と同じように鱗を備えて(そなえて)産まれてきた子である。」




僕はアスカリオスという名に聞き覚えがあった…それはエルコンド大陸を創り上げた、神話の時代の建国王の名だった…。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ