9 真実
夜を待って、少年たちと四人で街に入った。わざと人の多い場所に入り込んでから、裏道を抜けて港の荷卸場に忍び込む。
ここに敵へ補給される荷が隠されているという。フィーリにはあまり興味が湧かなかったので詳しく聞いてはいないが、少年たちの言う敵、というのは、かつては同じ民族だったという。しかし、政治的な確執から民族紛争の末に分裂。戦争時代には帝国と連邦に分かれて戦ったらしい。その戦争も終わってしまったので、今度は自分たちで戦争を起こそうというのだ。
はっきりいって迷惑な話だ。
その民族とやらがどれほどの意義をもつのか知らないが、関係のない人間を巻き込むようなマネだけはしてほしくないものだ。殴りたければ、武器なしで殴り合えばいいのだ。痛いのは自分だけである。
だが、この民族内乱は確執だけでは片付かないようだ。
少年たちは帝国側について戦っていた西の勢力だったらしいが、その敵である東の勢力に強力なスポンサーがついたらしい。
今、妨害しようとしているのは、そのスポンサーから出されている荷なのだ。この港は今、中立の立場をとっているので、こうしたテロの温床になりやすい。
「薄汚い奴等の考えそうなことだ」
アランと名乗った金髪の少年は、フィーリと似たりよったりの旅装姿である。
「東の奴等は、俺たちに勝つためならどんな汚い連中とでも付き合う」
見張りの少年はデュークと言った。
少年たちの感想を聞きながら倉庫の鍵を調べていたフィーリは嘆息する。
(五十歩百歩)
やってることはあまり差がない、という何処かのことわざがぴったりくるだろう。
倉庫の錠を、ツァンから預かった鍵であけると、静かに中へと入る。
うずたかく積まれている木箱には、薄闇の中で、辛うじて見える大きなペイントは食料や武器などと表記してある。中には植物の種や衣服、靴などもあるようだ。
「ホントにここなの?」
エマーに尋ねるが、彼は応えず、手近な木箱のふたを壊した。そして、何やら物色しはじめる。靴と記された箱だったらしく、放り出されるのは野外用の安全靴ばかりだ。
「ちょ、ちょっと…」
咎めたフィーリの眼前に、ずいと紙包みを差し出す。思わず、受け取ると、エマーはその包みを開いた。
表れたのは白い塊だった。ちょうど角砂糖を大きくしたような塊は、細かい粒子の粉を噴いている。
フィーリはその粉を指先につけて匂いを嗅ぎ、身を引く。
「麻薬……!」
アラン達も寄ってきて、細かい粒子を見遣る。
「……そんな…。これはっ…」
デュークがうめいたその矢先、突然倉庫の明りがついた。
暗闇に慣れていた目に眩しく光るものが映る。
積荷の高みからずらりと並んだクロスボウだった。
見知らぬ男達の中に、見知った野戦服を見つける。こげ茶色の、連邦軍章をつけた野戦服である。それを身に付けているのは三十路にさしかかろうというほどの男と中年の男。中年の男に見覚えがあった。
昼間、エマーと話していた、ミヤンダという男だ。
彼は煩わしそうに顔を歪めて、積荷の上からこちらを見下ろす。
「み、ミヤンダさん! これは一体……!」
動揺も露に叫んだのはアランだった。彼らはミヤンダにスカウトされて戦場を渡ってきたのだ。フィーリ以上に困惑している。
息子同然に可愛がってきたはずの少年達に向かって、ミヤンダは慈悲の欠片も無い嘲笑を寄越した。
「ようやく網に引っ掛かってくれたようで、嬉しいよ」
嘲笑ったのは、少年たちに向かってではなかったらしい。応えたのはエマーだった。
「そうか」
「……エマー」
説明しろ、と睨むと、彼は片眉をあげた。
「こういうことだ。連邦の同盟国、テグリスが民族紛争を利用して麻薬を捌いていた、てな」
エマーはフィーリから麻薬を取り返して、丁寧に包み直した。
「船で迂回させて密かにこの港へ運び込み、精製したものをキャラバンに運ばせる」
数日前ツァンが襲ったキャラバンのような輸送部隊が各地に派遣され、闇市に売り捌くのだ。
ツァンがキャラバンを襲った理由がここにあった。
包みを片手で弄びながら、エマーにしては珍しい、人の神経を逆撫でするような嘲笑を高みの見物人たちに向けた。
「ツァンの読みは当たったらしい」
「ほざけ!」
もう一人の連邦軍の男が一喝する。
「貴様が何者かはしらんが、運が悪かったな。ここの秘密を知ったからには、ネズミだろうと生かしてはおけない」
「ミヤンダさん!」
アランたちはミヤンダに悲痛な声をあげるが、彼は冷ややかな視線を投げただけだった。
「お前たちはよく役に立ってくれたよ。あと半年後ほどの民族紛争終結記念日とやらに立つ慰霊碑にはきちんと名前ぐらいは入れておいてやろう」
「! どういうことなんですか!」
「デューク。いつも言っているだろう。少しは頭を使え、と」
冷笑してから何か思い直したのか、ミヤンダはクロスボウを構えた兵士達を少し下がらせた。
「まぁいい。お前には薬の実験に妹をもらっているからな。礼として教えておいてやろう」
有利に立った者特有の高圧的な態度でミヤンダはデュークとアランを見下ろす。
「もうとっくの昔に東テグリスと西テグリスは紛争終結条約を交わしているんだよ。そこの男が言っただろう? ただの“テグリス”と」
促されるように、少年たちはエマーを凝視した。
「国際的に見れば、周知の事実だよ。まぁ、情報ネットワークから切り離した生活を送っていたお前達には知る由も無かっただろうが」
「……本当ですか……?」
頼りなくエマーに尋ねたアランは今にも陥落する城の主のようだった。
問い掛けられたエマーは顔をしかめるように目を細めた。
「本来なら、六年前に内戦は終結しているはずだった。条約が締結されたからな。だが、戦争中も西と東に分裂したままだった。戦争中は帝国という大きな敵がいたから、どの国も反乱組織が勢力を拡大した、ぐらいにしか考えず干渉しなかったんだ。それが、このザマだ」
エマーは視線でミヤンダを指す。
「テグリスは温暖だが開発地域の少ない国で、貧しかった。手っ取り早く稼ぐには、こういう麻薬は打ってつけなんだ。戦時中は、こういうドーピングを打ちたがる奴なんて腐るほどいるからな。味が忘れられなくて、麻薬中毒者になる奴も多い」
「……そんな……。妹は…家族は皆、この白い粉がただの薬だと思っていたのに……」
デュークがうめいた。
「気を落さなくてもいい」
光明をもたらすようにミヤンダが口を挟む。
「まだ生きている。……まぁ、内臓の五十パーセントは売られてしまって、延命装置に繋がれてはいるだろうがね」
「……この……!」
フィーリは持っていた爆薬を手にする。だが、それはエマーに押し留められる。
「何を……」
それを問う前に、デュークが一足飛びに積荷の上へと跳躍するのが見えた。異常な跳躍力は特殊な訓練を受けていた証拠だ。
「駄目よ!」
叫んだのが早いか。
いや、遅かった。
デュークの体を多過ぎるクロスボウが刺し貫いた。
五メートルは高さのあった空中から、一気にデュークは滑り落ちる。
フィーリはエマーを置いて、アランと共に駆け寄る。
デュークは気を失ってはいたが、幸い、右大腿と左上腕以外にクロスボウは刺さっていない。フィーリは慎重にクロスボウを抜く。本来なら、傷の手当ての時に矢は抜くべきではないのだが、毒を塗ってある可能性が高い。アランが急いで用意した血止めのシートを貼り付ける。
不意に、大量の矢が放たれる気配がフィーリを襲う。
顔を上げたときには既に遅い。
何本か矢を受ける覚悟でコンバットナイフを抜く。だが、急に頭を小突かれて機を逸してしまう。
ざぁっと大雨のような音と共に、風の衝撃が襲ってくる。
しかし、それは体を突き刺さる衝撃ではなく、突風だと知る。
わずかのあいだ閉じた視界に、何時の間にかエマーがいる。その手にあるのは、フィーリが抜いたはずのコンバットナイフだった。
辺りを見回すと、ちょうどフィーリ達四人を切り取るように黒い矢が散らばっている。
無茶をするな、と怒られるのかと思えば、エマーはコンバットナイフをフィーリに返して、デュークの体を背負った。
「応急処置はしたな?」
「あ……はい」
茫然と応えたアランに頷き、端的なかつこの場で最も有効な命令をエマーは下す。
「逃げるぞ」
大きくも威圧的でもない言葉で、フィーリ達は体を反転させた。
ミヤンダと三十路男の怒号とクロスボウが追い討ちをかけてくる。
それを右に左に避けながら、倉庫の外へと転がり出る。そのまま街に出るのかと思えば、エマーは港のさらに奥へと駆けていく。
「エマー! この先に何があるの!」
倉庫の先にはただの船が停泊する港しかない。
仕方なく追いかけるアランとフィーリの目に、昼間とは全く違う、何もかも吸い込んでいくような海が現れる。
さすがに立ち止まったエマーは唯一携帯していた蛍光灯を取り出し、何もない海に向かって振った。
気でも触れたのかと呆れて見ていると、後ろから複数の明りと足音がやってくる。
フィーリは向き直り、コンバットナイフを構えた。
案の定、ミヤンダ達だ。高い積荷の上からようやく降りてこられたらしい。もたついているらしいクロスボウの部隊は、今、半分にも満たない。
「兵は拙速尊ぶ。じゃなかったかしら?」
焦りを隠して笑んでやると、見透かしたようにミヤンダも笑う。
「よく知ってるね。フィーリ。そんな危ないものは仕舞って、降参したらどうだい? 君子、危うきに近寄らず、だよ」
ただの小娘だと油断しているのか、ミヤンダはフィーリに向かって手を伸ばしてくる。
「……呆れた君子ね」
フィーリは地を蹴った。
夜空に高く飛び上がると、慌てたクロスボウ部隊が矢をバラバラと放ってくる。
身を捻り、そのまま打った兵士にナイフをくれてやる。腕に、手に、クロスボウ本体。薙いだその先に三十路男の顔が見え、彼の喉元に小さな短剣を差し入れる。
声も無く、冷や汗を垂れ流す男を尻目に、フィーリは叫んだ。
「アラン!」
混乱に乗じてミヤンダの心臓を狙っていたアランは、フィーリの声に動きを止めた。
立ち止まった少年を見下ろし、引き攣った笑みを浮かべたミヤンダだったが、そのまま肘鉄を腹に入れられ敢え無く昏倒した。
だらしなく倒れた男の頭を蹴り飛ばし、アランは男を捕えたままのフィーリを睨んだ。そばにいる男が息を呑むほど殺気立っている。
「……何故止めた」
「そんなの殺しても、刃が脂で汚れるだけだもの。損だわ」
「損得で動くなんて…!」
「何をしていいか解らない時はね、とりあえず自分が得になりそうだなって思う方を選んどくのよ。そうしたら、あとでやりたいことが見つかった時に、上手くいく確率が増えるから。労働と損得勘定は尊いの」
きっぱりと言い切ったフィーリを半ば茫然と情けない顔で見ていたアランは、やがて溜息をついた。
「……わかった」
その答えに満足して、フィーリは捕まえていた男の首に手刀を叩き込んで気絶させる。
「おー……い」
聞いたことのある間延びした声だった。
蛍光灯を振っていたエマーの前に、明りをつけた船影が見えてくる。
一艘ではない。フィーリからは少なくとも十艘が見える。いずれも客船並みの規模である。
「フィーリぃ」
女声だ。
夜陰に現れた船の先端に、白衣の女性が身を乗り出している。
フィーリはその、懐かしい姿を見とめて慌てる。
「危ないですよ! ティアナさん!」
ブロンドの女性は、一ヶ月ぶりに見るティアナだった。