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フィーリ  作者: ふとん
14/15

14 再会

 まさか、と顔を上げた。

 眼前にいるのは見慣れない男だ。

 小奇麗なスーツに手には端末。すらりとした長身で、髪は目立たない黒。年齢の判別し難い容姿だが、決して不細工ではない。むしろ整っている。かといって、特筆すべき男ではなかった。

 ただ、見覚えのある、穏やかな新緑の双眸だけがフィーリを戸惑わせたのだ。

 そして、眼前の男は低くうめいた。

“フィーリ”と。

「……やっだ。もしかしてフィーリ?」

 あらぁ、とヘリの影から顔を覗かせたのはいつぞやの女魔術師だった。

「ティアナさん?」

「あー。やっぱりフィーリだぁ。久しぶりねぇ。元気だった?」

 先ほど蹴りかかったのを気にもせず、ティアナはフィーリに抱きついてきた。

「ど、どうしてティアナさんが…」

「後にしろ、ティアナ」

 エンジンキーを片手に、見覚えのある銀髪の優雅な男性がフィーリ達を促した。

「だ、第一部隊長さん?」

 彼は表情も変えずにヘリの操縦席に乗り込むと、後部座席のロックを外した。

「名前を言っていなかったらしいな。ユーゲルトだ」

 彼、ユーゲルトは無表情に自己紹介して、乗れとティアナに指示を出す。

「事情説明はあとでしてもらう」

 ふいに、体がさらわれる。

「な、何を――…!」

 フィーリの体を抱えたのは、スーツの男である。

 男は後部座席に乗り込んだティアナにフィーリを預け、自分は格納庫のシャッターを開けに走った。

「ティ、ティアナさん! 私は…」

 とっさにヘリを降りようともがくが、ティアナにがっちりと抱きかかえられていた。

「あとであとで。時間はあるから」

 ヘリがゆっくりとヘリポートへと滑り出す。

 駆けてきたスーツの男が後部座席に乗り込むと同時に、ヘリは離陸する。耳障りな音を遮り、スライドドアを閉じると、後部座席にもたれかかった男は疲れを吐き出すように長い嘆息をついた。

「ああもう……。アンタはどうして俺の理想を軽々裏切ってくれるんだろうな」

 ティアナに抱きかかえられている手前、眼前の見覚えの無い男にお前呼ばわりされても、暴れるわけにはいかなかった。それに、フィーリ必殺の攻撃を避けてみせる男だ。迂闊に手を出してはならない。代わりに不審をこめて彼を睨みつける。

「……誰よ。アンタ」

 男はその言葉に少し目をみはったが、「ああ、そうか」と納得したように自分の頭に手をかける。

 男の頭がズルリと剥けた。

 フィーリは息を詰まらせた。

 声が出ない。

 男の黒髪の下から現れたのは、一度見れば忘れられない鮮血色の髪だった。

 エグマ・カタス。

 半年前出会った、ふざけた軍人。

 フィーリは何を言っていいのかわからず、声も出ずに口を上下させたが、眼前の男は肩眉を上げた。

「久しぶりだな。フィルディルシア・トール」

 皮肉げに言われて、フィーリはようやく言うべき言葉を見つけた。

「何で貴方がここにいるのよっっ!」

「あれー? 知らない?」

 ティアナがひょいとフィーリを覗き込んでくる。

「エマーはねー」

「それよりアンタ、何でこんなところにいるんだ。リベンス老はどうした」

 ティアナを遮って、エマーは珍しく不機嫌に眉をしかめた。

 投げやりな質問は相変わらずだが、今日は少し怒気がこもっている。

 フィーリも不機嫌に顔をしかめたが、結局素直に口を開いた。

「アンタを守りにきたのよ」

 ことの始まりは十日前に遡る。


 庭掃除を終えたフィーリに向かって、そのかくしゃくとした老婆は告げた。

「エグマ・カタスを守りに行っておくれ」

 明日、買い物にでも行ってこいというような口調だった。

 森の奥深くに建つこの家から近くの街までゆうに六時間かかる。一日では戻れない距離である。買い物に出かけるのも泊りがけだ。

 どういうことかと尋ねたフィーリに、リベンスという名の賢者は続けた。

「奴は議政堂にいるだろう。探しておいで」

 次の日、フィーリは一もニもなく家を放り出され、結局、エマーを探しに森を出た。


「それが、どうしてこんなところでテロ屋ごっこをしてるんだ」

「だって…」

 議政場は関係者以外入れない。それこそテロ屋以外は。

 車庫番からコックにいたるまで、そのセキュリティは神経質なほど厳しいのだ。

 そこで、フィーリは昔とったキネヅカと知り合いを通してテロ屋を手伝うことになった。

 そして、まんまと議政堂に入り込んだのである。

 一応、理由を納得したようなエマーだったが、目を細めてフィーリを睨みつけた。

「阿呆」

「なっ…」

「頼むから心配させるな」

 エマーは大きく溜息をついて、後部座席の背凭れに寄りかかる。

「……何でアンタに心配されなきゃならないの?」

「俺にはリベンス老にアンタを預けた責任がある」

「問題は起こしたくないってわけ? 議員は大変ね!」

 権力を大事にするような人種は理解ができない。

 フィーリが不機嫌に言い放つと、エマーともティアナとも別の声が割り込んできた。

「議長だ」

「え?」

 静かな一声を放ったユーゲルトは操縦桿を手にしたまま少しフィーリ達を振り返る。

「連邦議会の議長。それが今のエグマの仕事だ」

「議長……?」

 帝国に打ち勝った連邦は幾つもの国の集まりだ。その国の代表が集まり、議会を開いた。

 議政堂を建てた地にちなんでヴィーフェルト議会という。

 その議長はまだ三十にも手の届かない若者だということを、リベンス老から聞いていた。

 フィーリはエマーを顧みる。

 彼は紅い頭をガリガリと掻いた。

 ユーゲルトはなおも続ける。

「議長の前は、総司令官。その前は王太子」

 およそ似合わない単語を並べられて、エマーはますます面倒臭そうに顔をしかめた。

「そういう仕事だ。エグマのスキャンダルを待ち構えている有力者やテロ集団は幾らでもいる」

「ユーゲルト。アンタなぁ…」

「知らせずに巻き込むつもりか」

 苛々と口を開いたエマーを見据えて、ユーゲルトは無表情に告げる。

「リベンス老は、お前のその性格をよく理解した上で彼女を寄越した」

「……わかってるよ」

 エマーは深く息をついて、フィーリに視線を移した。

 スーツを着込んだエマーは別人のように品格があるが、本質は変わるものではないらしい。

「それで? リベンス老は?」

 いつものエマーだ。

 フィーリもいつものように不機嫌に応える。

「アンタを連れてこいって」

 視線を逸らしたフィーリの目に入ったのは、青いだけの空だった。

 




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