10 正体
「ツァンと私は従兄妹でぇ…」
「つまらないので、そういう言い訳はやめてください」
容赦なく、言い捨てられて、ティアナは苦笑いした。
「まぁ、要するに、僕は君たちを迎えに来たんだよ」
ティアナの隣で同じように苦笑したツァンは港から望む暗い海を眺めた。
「全部、連邦は知ってたんですか?」
フィーリの問いはどちらのともなく、肯定された。
「僕とティアナは連邦に依頼されて動いていたからね」
「戦争終わると職にあぶれちゃって。暇だから内通者探ししてたの」
ティアナの暇つぶしに発見された方はとてつもなく迷惑だっただろう。
フィーリもツァンに倣って海に視線を向ける。
すでに十隻もの船はない。急ぎの用だからと無理に乗せてもらったらしい。しかし、ただのヒッチハイクなら十隻もの船は必要ではない。
「……ねぇ、エマーって何者?」
連邦のものらしい船の兵士にミヤンダ達を引き渡していると、十隻の船の船長が勢ぞろいして、エマーに最敬礼していった。
「犯罪者って言うなら納得するけど」
ティアナとツァンは二人して顔を見合わせるが、やがてうめくように頷いた。
「いや、まぁ……ある意味それよりタチが悪かったりするけど」
ティアナが視線を彷徨わせていると、不意に彼女の焦点が合う。
紅い髪。その男は不機嫌だった。
「客だぜ。センセ」
用件だけ述べて、肩に担いだデュークをティアナの前に降ろす。
「あら、血まみれねぇ」
ティアナは話を反らせるきっかけができたのが嬉しいのか、さっさとデュークに興味を変えた。
「お前にはコイツ」
連れ立っていたアランをツァンに突き出す。物のように差し出されたアランは複雑な表情でツァンとフィーリを見比べる。
「この子は?」
ツァンもティアナと同じように話題を代えた。案外、本当に従兄妹なのかもしれない。それほど、彼らの反応は似ている。
「孤児。名前はアラン。とりあえず、兵士見習みたいなことやってたから、薬を抜けば戦闘じゃそこそこ使えるんじゃないか?」
薬。
「エマー。それって…」
「こいつ等は麻薬を使ってる強化兵だ」
フィーリは改めてアランを見遣る。彼はフィーリの視線を受けられず、項垂れる。
「戦争してれば誰でも行き着く、安っぽい知恵だ」
エマーはアランの金髪を軽く叩くと、ツァンを見遣る。
「ちょうどいいね。薬を抜くのは手間がかかるけど、人手は足りてないから。……君も、僕のところで生きてみる気はあるかな?」
アランはツァンを少し見上げた。
「……俺には、もう国がない」
「そうだね」
ツァンは素直に頷いた。
「じゃぁ、僕のところに間借りしにおいで。君には広い知識と視野が必要だ。それをあげるよ」
アランは惑うようにエマーを見上げ、フィーリを見た。
「いいんじゃない。労働と損得勘定は…」
「…尊いんだったな」
アランはフィーリに向かって苦笑すると、ツァンに頭を下げた。
「フィーリとエマーはどうするの?」
デュークを|自立型貨物機関≪リフト≫に乗せてきたティアナが顔を出した。
「さぁ?」
フィーリは首を傾げるが、エマーは片眉を上げる。
「とりあえず、このじゃじゃ馬をリベンス婆さんの家に届けてくるさ」
「リベンス老に?」
ティアナは瞬く。
「知ってるの?」
「知ってるも何も。物凄い気難しい先生よぉ」
脅すようにティアナは熊手を作った。
「頑固者だが、道は知ってる」
フィーリは嘆息する。
「エマーはそればっかりね」
「そうか?」
聞き返してくるこの男に呆れて、肩を竦めると、ツァンが笑った。
「そう。さっきの質問の答え。言ってなかったね」
エマーは何者なのか。
フィーリが耳を澄ますと、ツァンはからかうように笑う。
「エマーはエマーだよ」
「……何だ、それは」
フィーリの返答を横からかっさらったエマーが怪訝にツァンを見返す。
「いいから。君は、フィーリを届けておいでよ」
ツァンに誤魔化されて、エマーはますます顔を歪めた。
フィーリにも無言で問い掛けてくるが、フィーリは彼がよくやるように、片眉だけ上げてやった。