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酔い知れる香り  作者: 美住
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トップノート②

 天音との昼食を済ませ、時間を見た。

このまま夜勤へ行くには時間が早かったため、職場からそれほど遠くない漫画喫茶で過ごす事にした。


 3時間パックにしたため、受付と同時にお会計を済ませ、本棚の所から気になる漫画を探してみる。


「あ、これ気になってたんだよな」


 目についた連載中の少年漫画に、思わず独り言を発してしまった。

単行本は家にもあるが、立ち読み防止フィルムすらそのままくっついていたと思われる。

そもそもあのフィルム、なんていったっけ。

シュリンプ……いや、それは海老だ。まあ、いいか。

 店の漫画を片手に、あてがわれた番号の個室へと入る。


――漫画の棚と個室を何往復かしていれば、あっという間に時間は過ぎる。

後片付けなども考慮し、出勤時間の目安より少し早めにセットしていた小さめのアラーム音が鳴った。

本来のパック料金よりもそちらの方が早いため、少し勿体ない気もするが、仕方ない。

そんな事を考えながら、本棚に単行本を戻したりと、店を出る準備を進めた。


「おはようございます」

 夜勤であろうと、朝と同じ挨拶。

どの職業でもよくあることで、周りの人から返ってくる挨拶も『おはようございます』。

 日勤の人と一緒に申し送りに参加し、話に耳を傾ける。

 勤務時間が交代になれば、病室を巡回したり、検温とその記録。

夕食前の時間になれば、手洗いを促したり、洗い場まで行けない患者におしぼりを配布したりと準備をするのも看護師の勤めだ。


 深夜は、患者さんがきちんと眠れているかなどの確認する必要があるため、巡回はその際にもする。


仮眠室を使って少しは寝たが、とにかく眠い。

 翌朝に朝ごはんの準備や配膳、日勤の人が来てからは申し送りを始める。

それも終われば、ようやく勤務も終了である。

 なんとか家まで辿り着き、沈むようにベッドに転がる。


「予定空いてるのはこんな感じで、有給取るならこの辺りがいいかも」

 先に撮っておいた出勤予定を記した手帳の写真を選択し、頭が働いているうちにコピーしておいた文章を貼付。

それを天音に送りつけて、パジャマに着替える余裕もなく、眠りに就いた。


 眠りから覚めると、天音から『予定ありがとう〜!』と返信が来ていた。


 夜勤明け、起きてから何処かへ出掛ける人もいるだろう。

けれど私は、動画配信サイトのサブスクリプションに登録しているため、配信されている映画や舞台の映像を見て、家で過ごす事が多い。



『無事に予約取れましたー!』

 後日、天音からの連絡にはそう書いてあり、Vサインをしている絵文字もついていた。

『よかったね』

 私が香水を作ってもらうわけではなく、あくまでも付き添いなので今回の件はかなり他人事だ。


 予約当日は、天音と一緒にカフェが併設されている香水ショップへ(おもむ)く。

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

接客をしていたのは優しそうな女性だった。


「調香の予約をさせていただいた米嶋(まいじま)です」

「米嶋様! でしたら、担当の方お呼びさせていただきますね」

ガラス張りとなっている調合スペースへ内線を繋ぐ。

すると一人の男性が、こちらへとやって来た。 

「お待たせしました。調香師(パフューマー)(やしろ)です。本日はどのような香りをご希望ですか?」

 社というのはおそらく苗字の方だろう。というか、この人、どこかで見覚えのある気がする。


「包容力のある、大人の男性に贈りたくて……」

 あれ、贈り物だなんて言ってただろうか。

少なくとも私は聞いていない。


「こちらに詳しくご記入お願いしてもよろしいでしょうか?カフェブースでは、お飲み物の水滴や、こぼれないよう十分ご注意ください」

 社さんは優しい声色で、用箋挟(ようせんばさみ)……言い方を変えると、クリップボードに挟まれた用紙とボールペンを渡してくれた。


「ところで社さん、何処かでお会いしたことありませんか?」

 突然こんな事を言ってしまっては、口説いてるのと同義だと思われてしまう。

それなのに、頭より先に口が動いてしまった。

「え、あ……どうでしょうね?」

幸い、社さんの表情には出ていないが、困らせてしまったと思う。

「記入が終わったら近くの店員に渡してください」

 そう言って、調香用のスペースへと戻ってしまった。


カフェブースの席に着き、メニューを見る私と、記入用紙とにらめっこしている天音。

「作ってもらうのって、推しをイメージした香りじゃなかったの?」

「そうだよ。でも、ほら、贈り物以外で男物の香水頼むなんて中々できることじゃないじゃん?」

確かに、女である私達が男物の香水を頼むのはハードルが高いというのはわかるので天音の考えも一理ある。

「だから贈り物って(てい)にしとこうかなって」


「天音、何頼む?」

 座っているだけではカフェ側の店員さんに申し訳ない。

「じゃあ、日替わりケーキセットかな。セットの飲み物は紅茶で」

天音の返事を聞いたあとで、店員さんを呼ぶ。

「日替わりケーキセット二つ、セットの飲み物は紅茶とコーヒー一つずつお願いします」

「かしこまりました。ところで……少々よろしいですか?」

 注文を済ませると、店員さんも何か言いたげにしていた。

「はい?」

「ご予約が二名様になっていたので、もう一人分、(うけたまわ)れるそうですが。如何(いかが)致しましょうか?」


「えっと、私は付き添いのつもりで……それに職業柄、香水はちょっと」

「せっかくだからさ、作ってもらったら?プライベート用なら特に問題ないでしょ?」

 それはそうだけれども、プライベートでも香水はあまり付けない方だ。睡眠前に使用するための物でも頼むか。

「あ、じゃあ……お願いしても大丈夫ですかね?」

「はい! ではご注文の品と一緒に、オーダーシートもお持ちしますね、少々お待ちください」

 店員さんは、此方に笑顔を向けて自分の持ち場に戻っていった。


 トレイに乗せた紅茶にコーヒー、二つのケーキ。

日替わりということだが、今日は表面のツヤが綺麗なスフレチーズケーキのようだ。


「こちらがもう一つ分のオーダーシートになります」

チーズケーキの表面に見惚れていたところだったが、私の方にもクリップボードとボールペンが渡されて、現実に引き戻された。

 この場合、何を書けば良いのだろう。


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