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覇弓伝  作者: 橋本洋一
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始まりの神社

 この世は地獄だ。ひたすらに戦っても幸せなんかなれやしない。

 そう思いながら俺は目の前の敵に矢を放つ。

 喉笛に突き刺さった矢は、敵に断末魔の声を上げさせずに絶命させる。


 それを見た他の敵――十五人と言ったところか――は近づくのを恐れて躊躇する。

 当たり前だ。俺は神社の鳥居の上に乗って高所を得ている。徒歩の兵なんて狙い放題だ。

 たとえ騎兵であっても、俺の矢は逃さない。


「そのまま帰れ! 俺は、俺たちはもう、サムライの言うことは聞かない!」


 大声を張り上げて、俺は敵に言い放つ。

 俺には守らねばならない子供たちがいる。

 それを奪われないように、俺は今戦っていた。


「ふざけるな! おい、さっさとかかれ!」


 鎧兜を着込んだサムライが兵たちを叱咤した。

 俺はすかさず、そのサムライに目がけて――矢を放った。

 すぱっと飛んだ矢はサムライの兜の中心に命中した。

 だけど死ぬほどのことではない。遠かったから威力もそこまでない。


「ひいいい!? くそ、なんて腕だ! 一度退くぞ!」


 臆したサムライは兵たちと共に逃げていく。

 すると隠れていた子供の一人、治平太が「兄ちゃん、やったね!」と鳥居の下から笑顔で言う。


「兄ちゃんすごいや! 今度も敵をやっつけたね!」

「……治平太(じへいた)。敵がいなくなったら死体から矢を回収してくれ」


 俺は鳥居からするすると下りて、治平太や他の子供たちに指示を出す。

 子供たちは逆らうことなく、俺の言うことを聞いてくれた。

 死体から矢と金目のものをはぎ取る。その姿を見るのは心苦しい。


弓矢(ゆみや)兄ちゃん。静香(しずか)姉ちゃんが呼んでいるよ」


 神社の奥の泉で手を洗っていると、子供たちの中でも年長である権兵衛(ごんべえ)が俺の名と共に用件を言う。俺は「分かった」と短く答える。


「権兵衛。静香の容態はどうだ?」


 元々医師の子だった権兵衛に訊ねると「あんまり良くない」と正直に言ってくれた。


「薬が足らない。ご飯も足らない。何もかも足りないんだ」

「ごめんな。俺がもっと強かったら……」

「そんなこと言わないで。たった一人でサムライと戦っているんだから。それで十分だよ、弓矢兄ちゃん」


 僅か十二の子供に励まされるなんて。恥ずかしい話だ。

 俺は権兵衛の頭を撫でて、本殿にいる静香の元へ歩く。

 本殿には女の子が数人いた。全員で静香のことを診ている。


「あ、弓矢お兄さま。静香お姉さまが用があるって」

「権兵衛から聞いたよ。ありがとうな」


 女の子の一人、茜に礼を言いつつ本殿に入る。

 静香は薄っぺらい布団に寝ていた。

 ここ一か月、静香は病に侵されていた。


「……弓矢。またサムライを追い払ったの?」


 心配そうに声をかける静香。

 彼女は俺と同じ十六で、ここの神社の神主の娘だった。

 だけど戦火に巻き込まれて、たった一人ぼっちになってしまった。


「まあな。案外簡単なもんだよ」

「サムライを甘く見てはいけないわ。絶対に」

「それも分かっているよ。俺の両親もサムライに殺されたんだ」


 そっと右頬に刻まれた火傷の跡を撫でる俺。

 母さまが逃がしてくれなかったら、これだけでは済まなかった。


「それなら良いんだけど……ごほごほ」

「無理すんな。それで用ってのはなんだ? まさか説教じゃないよな?」

「……サムライがここを狙う理由が分からないの」


 確かに、夜盗や山賊がここを狙ってくるのは前々からあったのだけど、鎧兜を着たサムライがここを狙ってくる理由が分からない。

 何かしらの目的があるのは明白だが……


「何か大きな戦のために、ここを狙っているのかもしれない」

「ああ。その、お前の両親が……」

「うん。殺されたときもそういう理由だった」


 俺は静香に「だとしたら余程の大戦だな」と同意した。

 それから今後のことを訊ねようとすると「兄ちゃん!」と息を切らした治平太が本殿に駆けこんできた。


「どうした治平太。またサムライが来たのか?」

「うん! だけど変なんだ!」

「何が変なんだ?」


 治平太はふうっと深呼吸してから信じられないことを言う。


「サムライが三人来て、話し合いたいって言ってきた!」



◆◇◆◇



「よう受け入れてくれたな。まずは礼を言おう」


 俺は本殿の前でその三人のサムライと話すことにした。

 まず、小柄で豪華な鎧を着ているサムライが言う。

 色黒でどこか油断ならない印象を受けた。

 その後ろには大柄の男と痩せぎすな男がいた。

 おそらく小柄な男が、一番地位が高いのだろう。


「別に受け入れたわけじゃない。話し合いたいと言われたから応じただけだ」

「それを受け入れた、と言うのだが。まあいい、単刀直入に言うが、この神社を明け渡してもらいたい」


 聞いていた周りにいる子供たち、特に権兵衛と治平太は「ふざけんな!」と文句を言う。

 俺はそれらを制して「俺たちがそんな要求を飲めると思っているのか?」と言う。


「これまで守ってきたもんを、あっさりと引き渡せると思えるのか?」

「思えんな。しかしこのままではおぬしら全員皆殺しになるぞ」

「お前らサムライが攻めてくるのか?」


 小柄な男は「誤解されても困るが」と言い出した。


「今まで攻めてきたのはわしらの勢力、つまり『井筒一党(いづついっとう)』ではない。むしろそれと対立している『新条家(しんじょうけ)』の者共だ」

「いろいろ疑問はあるが、どうして二つの勢力がここを狙う?」

「互いの領地を攻めるのに有利な場所だからだ。周りを山に囲まれていて、正面から攻めるしかないここは防衛向きでもある」


 そう。今までここを守れていたのは守りやすいところだったからだ。

 小柄なサムライは「ここを譲ってくれれば」とにやにや笑って言う。


「御屋形様から新しい土地を与えてもいいと言う。子供たちも一緒に暮らせるような土地だ。そこで百姓として暮らしてもいいし、おぬしなら仕官も叶うぞ」

「破格な申し出だな。それほどここの土地は重要なのか」

「まあな。どうだ? 高く売れる好機だぞ?」


 俺は子供たちの不安そうな顔を見た。

 正直、ここまでかと思った。

 このサムライが信用できるかどうかは別として、話し合いでまとまるならいいと考えた。

 俺しか戦えない状況で、まだ子供たちが犠牲にならないうちに、新しい土地に行くのも――


「嫌です。ここを離れたくありません」


 きっぱりと断ったのは本殿にいた静香だった。

 本殿の扉を開けて、毅然とした態度で断る様は、この神社の主であると思わせた。

 小柄なサムライは「理由を聞こうか」とあくまで余裕な態度を崩さなかった。


「ここの子供たちは理不尽な理由で住処を追われ、両親を殺された、そんな集まりなのです。それなのに、またサムライの横暴な理由でやっと得た土地を奪われるなんて、我慢できません」


 立派な正論だ。正しすぎる。

 だけど元々余所者だった俺には甘い考えだと思う。


「そうだ! 俺たちはここを離れないぞ!」

「サムライが来ても、弓矢の兄ちゃんが追い払ってくれるもん!」


 子供たちも次々と声を張り上げて言う。

 小柄なサムライは「ふうむ。そうか」と俺を見た。


「おぬしも同じ考えか?」

「ここは静香が頭目なんだ。その静香が断ったことに俺が反対する謂れはない」


 小柄なサムライは少し考えた後「まあいいだろう」と言う。


「仕方がないことだが、こたびは諦めることにしよう。小吉(こきち)孫六(まごろく)。帰るぞ」


 後ろのサムライは黙って従った。

 その際、大柄のサムライは俺を憐れむような目で見た。

 どうしてそんな目を向けられるのか、俺には分からなかった。


「なあ静香。それで良かったのか?」


 子供たちが見張りについて、本殿で二人だけでいるときに訊ねると「それでいいの」と頑なに言う。


「私は、この神社と子供たちを守っていきたいだけなの」


 俺はその幼気な心に何も言えなかった。

 守るべきものを持たない俺に、言う資格なんて少しもなかったのだ。

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