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7 夫の過ち~聞かなかった話~

「私は何度もお話してきました。体調が優れないからお医者様に診て頂きたい、念の為にセミョーノフ先生以外にも、と。けれどフェリクス様は許されませんでした」

「それは……すまない、高名な医師だったから信頼していたんだ」


 セミョーノフは父の代からの長い付き合いだった。当時は他の医者にかかるなど彼に対して失礼に思えたのだ。だから不安がるリーナの話を「気にしすぎだよ」と流してしまった。


「ええ、だから隠れて知人に診て貰ったんです。セミョーノフ先生は今どちらに?」

「……母と一緒に領地へ行かせた」


 私は膝の上で拳を握る。二年前に偽の診断書片手に問い詰めたところ、セミョーノフは金と引き換えに母の企みに手を貸したと白状した。


「母に毒薬を提供したのは彼だ。あんな男に診て貰っていたなど……!」


 セミョーノフは処方する薬を間違えたせいで貴族を死なせたことがあった。口封じに大量の金を費やして、金策に走り回っているのを母に気づかれたのだ。

 私はこの件を黙っておく代わりに、先代侯爵夫人の専属医師という名目で彼を侯爵領に追いやった。


「ああ、やはり協力されていたのですね。専門家でなければ病気に見せかけるなど無理だったでしょう」


 毒を飲まされた当の妻は落ち着きを払っている。薬に詳しい彼女は、多分早い段階でただの病気ではないと疑っていたのだろう。


「本当なら彼も母も役人に突き出して縄にかけるべきなんだろう。だがこの件が公表されたら醜聞は免れない。君と侯爵家を守るには領地に閉じ込めるしかなかったんだ」

「それがよろしいでしょう。侯爵家に何かあれば苦しむのは領民ですもの」

「ああ、だが毒を盛った侍女は別だ。母に命じられたとはいえ、金欲しさから主人に害をなした罪人だからね。すぐに放り出したよ」


 母に脅されて仕方なく、と泣いていた侍女の荷物からは何枚もの金貨が見つかった。当然、全て取り上げた上で紹介状も持たせず解雇している。今頃は物乞いでもしているか体を売っているか。

 少しは妻の気が晴れることを期待したが、彼女は悲しげに目を伏せた。


「可哀想に」

「リーナ、君を苦しめた者を憐れむ必要など……」

「主人に害なす者なら他にもいましたのに、彼女だけが罰を受けたのですか」

「どういうことだ? 他にも毒を盛った者がいるのか!?」


 気色ばむ私に対し、彼女は穏やかな口調を崩さず話し出した。


「毒のことではありません。侯爵家の皆様とは嫁いだ当初から色々ございました。朝の洗面で火傷しそうな熱湯を出されたり、身支度で髪を引っ張られたり……毒に比べれば可愛らしいものですね。フェリクス様の留守中、美しい銀食器に乗せた残飯を夕食として出された時は驚きましたけれど」


 絶句する私の脳裏に、幼い日から見守り支えてくれた使用人達の顔が浮かぶ。

 彼らは侯爵家に仕える者として誇りをもって仕事に励んできた。侯爵夫人にそんな真似をしていたなど、俄かには信じがたい。


「何故すぐに言わなかった!?」

「……何度も言いましたわ。残飯を出されたのは情けなくて言葉に出来ませんでしたけれど、身支度の件などはお伝えしていました。フェリクス様は寧ろ私に注意されましたね。家のことを疎かにしているから使用人との間に溝ができたのだと」


 私は執事や侍女頭から聞いていた言葉を思い出す。

『若奥様がもう少し家のことを考えて下されば』

『いつまでもよそよそしくて、侍女達もやりにくそうにしております』

 幼い頃から傍にいた彼らがそう言うのだから、その程度のことだと軽く考えていた。侯爵家に来たばかりの新妻と長く勤めてきた使用人の間で、すれ違いが起きているだけだと。


「そんな……家の者達は皆、昔から私を大事にしてくれた。その私の妻に……」

「だからこそでしょう。媚を売って妻の座を掠め取った女に、身の程を教えるのは当然の務めだそうです」

「まさか、そう言ったのか、君に」


 妻が頷く。私は信頼してきた者達に裏切られた衝撃と急激に膨らんだ不信感で、息を吸うのも覚束なくなりそうだった。

 そんな私を見たエヴァンジェリーナは小首を傾げてみせる。いまさら何を驚いているのかと言うように。


「皆さん、少し大きな声で噂話をされていただけですわ。社交界の評判通りのお話を」


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