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4 妻との馴れ初め

 エヴァンジェリーナと初めて会ったのは十歳にも満たない頃、ヴァーロフ侯爵家でお茶会が催されていた日だ。

 誰もが侯爵家を讃えて一人息子の私を誉めそやす場が窮屈で、私は手洗いに行くフリをして抜け出した。裏庭で木に登って遊んでいたら、私と同い年か少し歳下と思しき少女が茂みの陰で花を眺めていた。


「何してるの?」


 木に登ったまま尋ねると少女は悲鳴を上げ、驚いた私は体勢を崩して地面に落ちた。

 大した高さではなかったが掴みそこねた枝で手を切ってしまった。跡取りとして大事に育てられた私は血を流す怪我など滅多にしたことがなく、呆然としていると少女が泣きそうな顔で駆け寄って来た。


「ごめんなさい、私のせいで」


 木の上から突然声をかけられたら悲鳴を上げるのも当然だが、彼女は謝りながらハンカチと軟膏を取り出して手当てしてくれた。


「私が作ったものですから、あとでお医者さまのお薬できちんと手当してください」

「えっ、君が自分で作ったの? すごいじゃないか!」


 私は人を呼ぼうとする彼女を引き留め、そのまま茂みの陰で話をした。

 私が侯爵家の嫡男とは気づいていなかった。王都に来たばかりで、緊張で顔を覚える余裕も無かったらしい。

 連れて来た父親は高位貴族の令息令嬢と友達になってこいとせっつくのだが、気後れした彼女は父親が大人同士の話に夢中になっている隙に逃げ出してきたという。


「さっきは何を見てたの?」

「このお花です。葉っぱを煮込むと痛み止めの材料になります。でも根っこには毒があるから、引き抜いたらいけないんです」


 怪我で動転していたのもあって、私達は名乗るのも忘れたまま話し続けた。

 王都有名店のお菓子も高級な茶葉も無いのに、少女との会話は酷く楽しかった。私に「物知りなんだね」と言われた彼女がはにかんだ時、胸が高鳴った。


「草や花を探して調べるのが好きなんです。でも、お父様は『可愛げが無い』と嫌がります。きっと侯爵家の方も嫌がります」

「そうとは限らないよ、戻ってみる?」

「……戻っても、私とおしゃべりしてくれますか?」


 真っ赤な顔で俯いて尋ねる少女に、私も頬を熱くさせながら「勿論だよ」と答えた時だった。使用人が私達を見つけたのは。


 侯爵邸の一室で父上は茶会を抜け出した私を叱りつけ、少女の父親は娘が侯爵令息に怪我をさせたと思い込んで怒鳴りつけた。涙をこぼす彼女を背に庇い、事情を説明しようとする私を父は窘めた。


「どきなさいフェリクス。お前が口を挟むことではない」

「嫌です!」

「フェリクス、いい加減にしなさい!」

「この子を責めるのは誰であっても許しません! だって、私は――この子が好きなんです!」


 私達の婚約が結ばれたのはその数ヶ月だった。


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