2
以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
http://ncode.syosetu.com/n8107h/
水川青弥編「愛しき者へ…」
http://ncode.syosetu.com/n0724i/
藤宮紫乃編「早春散歩」
http://ncode.syosetu.com/n2768i
2、
すぐに嶌谷さんの教えてくれたホテルへ車で向かうが、こんな時に限って渋滞で進まない。
苛立っても仕方のないことだが、どうにも嫌な予感ばかりが先行してしまう。と、携帯が鳴り始める。メサイヤだ。俺はすぐさま耳に当てた。
「凛か?」
『慧…ゴメン。連絡できなくて…ちょっと、色々あってさ』
いつもと変わらぬ声を聞いて心から安堵した。
大丈夫だ。命に別状がないのなら充分だ。
俺はそう自分に言い聞かせつつ、指定のホテルへ急いだ。
ロビーで暫く待ったが、我慢できずにのフロントで尋ねてもアポイントメントがないと相手の部屋も教えられないと言う。
どうしてもと粘っていると「慧っ!」と、背後から凛一の声が聞こえた。
直ぐに駆け寄って凛一に怪我などないか全身を眺める。当たり前だが無事な様子だ。
それよりもこいつが、例の嶌谷さんの従弟って奴なのか…
俺は凛一の傍に立つ男の様子を伺った。
嶌谷さんよりも大分若くみえたが、どうして嶌谷さんよりも数段高い貫禄と隙の無さ、それに有無を言わさぬ威圧感。これがいくつもの会社経営を纏め上げているというトップに立つ者なのか。
物腰は柔らかいが、こちらの隙を見つけたら今にも襲い掛かってこようとする猛禽類の目だ。
こんな油断のならない男と凛一は数時間を過ごしたというのか…
話術に長けた年長者に、土台俺みたいな若造が勝てるはずもない。
食ってかかる言葉ひとつもでないどころか、怒りよりも相手への敗北感で一杯だった。
帰り際助手席に乗り込む凛一の向こう側、ホテルのドア越しに、嶌谷宗二朗の姿がちらりを見えた。
隣で凛一がにこやかに手を振る。
思い切りアクセルを踏みこんだ。
凛一は俺の様子を懸念してか助手席でおとなしく黙ったままだった。
実はここに来る前から気になっていることがあった。
嶌谷さんの電話だ。
たかが凛一が従弟と出会っただけならあんなに慌てふためく必要はないはずだ。
あの男から何か吹き込まれた、或いは見せられた…だから、嶌谷さんは慌てて俺に電話をくれたんじゃないのか…凛一にそれとなく鎌をかけてみる必要がある。
赤信号で停止したのをきっかけに問いかけた。
「凛、あの人とは本当になにもなかったのか?」
「え?…なにもないよ」
「嶌谷さんはそうは言っていなかったぞ」
「そう…なの?」
「慌てふためいて俺に連絡をくれたんだ。凛一が大変な事になっているって」
「大変って…ただ、裸にされただけだよ」
「…」
は?…裸にされただけって…一体どういう状況なんだよ…黙っていると凛一は悪びれずにべらべらと喋りだす。こうなると引っかかりやすいのも心配になってくる。
凛一は出会った時からの状況を事細かく話した。(正直殆ど聞きたくない内容だ。勿論嫉妬からきている)
「…でさ…宗二朗さんは嶌谷さんが俺を可愛がるのが気に入らないから、その腹いせに俺に睡眠薬を飲ませて、そんで俺の裸を写メしたのを送りつけたんだよ。かわいいもんだね、宗二朗さんも」
ちょ…す、睡眠薬って…あの男、俺の凛になんてこと…って、それだけで本当に済んでいるのか?こいつの裸を目の前にして手を出さないって顔かよ、あの男…結婚して子供もいるって嶌谷さんは言ってたけど、バイなんだろ。凛一みたいな奴、いい獲物にしか見えてないんじゃないのか?
「バカっ!可愛いって言う話かよ。睡眠薬飲まされて…知らない間に裸にされて写真に撮られりゃ児童ポルノ禁止法での盗撮罪だ。強姦罪でも訴えてもいいんだからなっ!」
「そんなに怒らないでって…何にもされてないんだからさあ」
「おまえが気がついてないだけかも知れないだろう。おまえは一度寝たら何をされても起きないだろうが」
「そんなの…レイプされたかどうかぐらいはわかるよっ!宗二朗さんは初めから俺をダシに使うだけだったんだから。…宗二朗さんのことを悪く言わないでよ。慧だって、俺がミナと仲良くしてたら妬くだろ?意地悪したいって思うだろ?…俺だって、慧が他の奴らといちゃついてたらそいつを苛めたくなるもん…確かに宗二朗さんはやり過ぎの感があったけど…許してやってよ、慧、お願いだから」
「…」
許すも何も…初めから俺はあの男に負けているんじゃないのか?こうやって嫉妬とコンプレックスに怒り狂っていることさえ、あの男は計算ずくなんじゃないのか?だとしたら、そんな思惑に乗せられている段階で俺の負けだ。
何よりも俺は…凛一にとって絶対の者になりたいと思っているにも関わらず、自分よりも大きい人間を見ると凛一にとって俺よりはそいつらと居た方が凛一にとって幸せじゃないだろうかという疑念が疼いて仕方がない。
それでなくても凛一は父性愛、母性愛を求める資質がある。嶌谷さんといい、あの宗二朗という男といい、確かに凛一の守る人間としては俺よりも相応しいと言えるだろう。
それが歯がゆくて自分の小ささに腹が立つのだ。
凛一を愛している。凛一が俺に愛を誓ってくれた。それでも一生凛一を守り通していけるほどに俺は成長できるのだろうか。
現実、今だって目の前の仕事に追われ、凛一のことなどほったらかしにしていた。そしてこのザマだろう…
くやしまぎれの歯軋りを抑えて俺は帰宅した。
夕食は外で食べると約束してはいたが、こんな状況じゃとてもそんな気にはなれない。
仕方がないから、パスタと朝食の残り物で済ませた。
テーブルに向かい合わせた俺と凛一は、会話など弾む雰囲気じゃないことはわかっていた。
だが気まずいままに折角の時間を過ごすのも嫌だった俺は、なんとかこの状況を好転しなきゃならないと思った。
たったふたりきりの家族だ。もう二度と仲違いはするまいと誓ったのだから。
「凛…今日のことはおまえをほおっておいた俺にも責任がある。悪かったよ。折角ニューヨークまで来てくれたのに仕事ばかりにかまけて、遊びにも連れてやれなくて…反省しているんだ」
「…いや、いいんだ。たぶん俺が気を弛めすぎてたんだと思うし…慧が忙しいのはわかっているから…」
「俺は…おまえが傍にいると嬉しくて仕方ないのも本当だが、反対に見えなくてもいいことも見えてしまうからつい口五月蝿くなってしまう。おまえは綺麗で魅力的だから、心配でしかたなくなるんだよ」
「…俺はもう昔みたいな子供じゃないし、ちゃんと自分で選ぶこともできる男だよ。慧にとっちゃいつまでも9歳離れた子供に見えるんだろうけれど…」
「…」
「俺、できるだけ早く日本に帰るね。ここに居ても慧に心配かけるばかりだし、仕事の邪魔にもなるだろうから…」
「凛…」
「怒ってもいじけてもいないよ。慧に会いたいっていうのも本当だし、慧の為に何でもしてあげたいって思った…愛しているんだから当たり前だよね。けど、まだきっと力が足りないんだよ。慧の重荷にならなくて済むまで、日本で待っているよ」
寂しそうに笑った凛一は皿を片付け、寝室へ篭った。
あんな顔をさせる為にここに呼んだんじゃない…
なんて情けないんだろう。あの子を守るって、導いていくってあれほどに誓ったじゃないか…
愛してる…それだけでは共に生きていくことは出来ないのだろうか…




